Y. & SONS × NEAT
Special対談

Y. & SONS × NEATSpecial対談
「自分たちがやる意味」を、問い続ける。
NEAT デザイナー 西野大士 × 株式会社やまと 代表取締役社長/Y. & SONS 事業責任者 矢嶋孝行
紹介

西野大士 Daishi Nishino <NEAT デザイナー>
1983年生まれ・淡路島出身。小学校教師、ブルックス ブラザーズでのプレスを経て独立。2015年にパンツ専業ブランド<NEAT>を立ち上げる。現在は<NEAT>のデザイナーとして活動するほか、プレスオフィス「にしのや」の運営も手掛ける。

矢嶋孝行 Takayuki Yajima <株式会社やまと 代表取締役社長/Y. & SONS 事業責任者>
1982年生まれ・東京出身。東京消防庁、沖縄のテラスホテルズ勤務を経て、2013年に株式会社やまとへ入社。事業創造本部長として「Y. & SONS」「THE YARD」など新業態のディレクションを手掛け、2019年4月より現職。
2025年春夏より、「Y. & SONS」と「NEAT」のコラボレーションがスタートしました。
ブランドの立ち上げの背景も、つくるものも異なる二人。
けれど、話を聞くと、そこには共通する問いがありました。
なぜ、これをやるのか。
誰に、何を届けたいのか。
そして、続けていく先に何を残すのか。
「自分たちがやる意味」を問い続ける二人に、これまでとこれからを聞きました。
00きものは、もっと自由でいい。

‐実際に羽織を着てみて、いかがですか?
西野
正直に言うと、もっと着にくいものだと思っていました。
「日本のもの」というイメージもあって、普段の服装には取り入れにくいのかなと。でも、実際に着てみると、思っていたほど難しくなくて。羽織るだけなら、普段の服にも自然に合わせられそうです。
今日は、最近はまっている昔のサイクリングシャツと合わせてみました。多分、Y. & SONSさんからしたら王道の着方ではないと思うんですけど、僕ならこう着るだろうな、というスタイリングです。
ベルトのようにウエストポーチを羽織の上から合わせても面白そうですし、冬ならイギリス製のマフラーを合わせるのもいいかもしれません。
きものって、もっと自由に着ていいんだろうなと思います。
01出会いは、2018年のPITTIから
二人の出会いは、2018年1月、イタリア・フィレンツェで開催されたPITTI IMMAGINE UOMOでした。
まだブランドとして歩み始めたばかりだった二人が、初めて同じ場所に立った瞬間です。

‐西野さんは、どのような経緯でPITTIに参加されたのですか?
西野
当時GQのファッションディレクターをされていた森口さんから声をかけていただいて。海外でNEATを見てもらえる機会だと思って、「絶対行きたいです!」と伝えて参加を決めました。
ただ、決まったのは開催の1か月ほど前で、そこから急いでサンプルを用意して、年末に撮影して、年明けにPITTIへ向かいました。
矢嶋
会場で準備しているときは、お互い話す余裕もなくて。NEATさんのことも「すごいブランドがいる」と思っていたので、最初は話しかけるのが怖かったですね。
西野
展示会が始まってからですよね、お話ししたのは。
日本からの参加はY. & SONSさんとNEATだけだったので、矢嶋さんたちの存在は心強かったです。
‐実際に海外に行ってみて、変化はありましたか?
西野
海外の展示会に出たからといって、なんとかなるわけじゃないんだな、とは思いましたね。
一気に海外にブランドを広げていけるチャンスだ!って、夢も期待もすごく広がっていたんですけど、実際には全然で。
海外はそんなに甘くないんだっていう勉強になりました。
ただ、コペンハーゲンのCIFFという展示会を運営している方にすごい気に入っていただき、その後毎シーズン招待していただきました。6シーズン訪問して、取引先が1件決まったんです。
一度出たからすぐ結果が出るわけじゃなくて、何度も足を運んで、人と関係をつくっていく。その積み重ねが大事なんだなと思いました。
コロナ禍以降は、海外展開についても、下準備をしっかりしてから進めるようになりました。2024年頃からは、パリでも活動しています。
矢嶋
ちょうど僕らも2024年の1月から、パリでポップアップを始めました。2023年の10月にパリに会社をつくって、そこからですね。
西野
コロナが落ち着いたらっていう思いはありましたよね。絶対。
矢嶋
ありました。「ここで止まってたまるか」っていう気持ちがあって。
足がかりがあったわけではないけど、ここで立ち止まったら終わるな、という感じでしたよね。積み上げてきたつもりだから。
02ブランドは、想いから始まる。
海外へ踏み出していった二人ですが、ブランドの始まり方は対照的です。
「ファッションが好き」から、NEATへ
‐西野さんは、はじめ教員の道に進まれたと伺いました。そこから、なぜファッションの道へ進まれたのでしょうか?
西野
18歳のときに母親に「ファッションの専門学校に行きたい」って言ったんですよ。
でも両親は学校の先生をしていて、「大学に行ってから好きなことをやればいいんじゃない」って言われて。親の背中も見ていましたし、先生の仕事もいい仕事だよなと思って、教育学部に進み、教職に就きました。
でも1年やってみて、「やっぱりファッションの道に進みたい」と思って。2年目になるときに校長先生に「辞めます」と伝えて、その後1年間は先生をやりながら夜間のファッション専門学校に通いました。
矢嶋
先生は楽しかったですか?
西野
楽しかったですけど、やっぱり毎日ジャージなので(笑)。
でも今、また先生になるのもありだなって思っています。
あの当時、子どもたちに「夢を追え」って言いながら、自分が追っていないことに気づいて、夢を追った。それである程度叶えたなという自負はあるので、今、自分の夢を叶えた上でもう1回先生になったら、めっちゃいい先生になれるんじゃないかと思うんですよ。
‐教員を辞められた後、ブルックス ブラザーズのプレスを経て独立。なぜNEATを立ち上げようと思ったのですか?
西野
やっぱりファッションが大好きで。
当時は若くて熱量もあって、本気で「日本を変えてやる!」というものすごいパッションがありました。
人生1回きりだし、いつか自分のブランドや店を持ちたい、という思いはありつつ、そこまでのロードマップは見えていなかったので、本当に思いだけで走り出しました。
最初は自分が欲しいパンツをつくって、友人も欲しいって言ってくれて。2015年の8月にサンプル5点で初めて展示会をしたんですけど、バイヤーさんを一人も知らなくて、個人オーダーの49本から始まったんです。その後、「量産する工場どうする?」となって。生地も文化服装学院の生協で買っていたんですが、展示会が終わって買いに行っても、その生地がないんです。
そこからいろんな人に助けてもらいながら、スタートしました。
「だったら、お前がやってみろ」からY. & SONSへ

西野
矢嶋さんは、なぜY. & SONSを立ち上げようと思ったんですか?
矢嶋
もともと株式会社やまとって、女性向けのきものを中心にやってきた会社なんです。僕が入社した翌年ぐらいに、男性のきものに関する議論が始まって。当時はオブザーバーとして会議に参加していたんですが、聞いていて、違和感を覚えたんです。今までのやり方をそのまま応用するだけでは難しいんじゃないかと。
男性向けのきものを新しく提案するなら、マーケットがない中で、どんなイメージを構築するのか、どういうポジションを取るのかって、すごく大事じゃないですか。
それで、「せっかくいい挑戦なので、株式会社やまととしてブランディングをしっかりしたお店づくりが必要じゃないですか」と言いまして。そうしたら、「だったらお前がやってみろ」となったわけです。
だから西野さんみたいに、「このブランドをやるんだ!」というところからではなくて。「これ、なんとかしなければ」という危機感から始まったんですよね。
西野
そこから、実際にブランドをつくっていったんですね。
矢嶋
はい。でも、何もわからなくて、すべてが手探りでした。
ブランドをつくるならば、グラフィックデザイナーの平林奈緒美さんと仕事がしたいと思い、何度も連絡をして、なんとか会ってもらえて。そこから鍛えられました。
「全然ダメ。コンセプトが甘い」とか、「あなた、それこの前言っていたことと違うよね」とか(笑)。
悔しいけど本当にその通りで。いつのまにか、「このブランドをやりたい!」と思うようになりましたね。
西野
当時、矢嶋さんの出すものに対して社内からの反発はなかったんですか?
矢嶋
ありました。どう説明してブランドの意味や方向性を示していくか。一つひとつ通していくしかなかったですね。
本当に必死に走り回って、いろんな人に「助けてください!」って頭を下げて、つながりをつくって。
平林さんにもすごい恩義を感じていますし、いろんな人に助けられてスタートできたし、続けてもこられたんですよね。
西野
本当にそうだと思います。僕もNEATを始めたときは、いろんな人に助けてもらいました。
だからもう、「本当に大変なんです」とか「本当に分からないんです」とか言った方がいいなと思っていて。
僕はもう自分を大きく見せることはしていなくて。伝えたら、助けてくれる人がいるって思います。
03「なぜ、やるのか」を、問い続ける。
「売れる」だけではなく、自分たちがやる意味を問いながら、ブランドのこれからを考える二人。
専門性をどう届け、どこまで広げていくのか。その答えを探す対話です。

‐専門性の高いところを突き詰めてきた中で、今、大切にしていることは何でしょうか?
西野
NEATは、もともと直営の前に卸の方が先だったんです。
僕、どこのセレクトショップに行っても同じブランドが置いてあるっていうのが嫌だったんですよ。マスへの抵抗感があったのかもしれません。だから、自分たちをちゃんと料理してくれる卸先さんとお付き合いしたいなと思って、取引先を選んできました。
でも、今はもう少し広げたいという気持ちはあります。今って、いろんなところに、いろんな影響力を持っている人がいるじゃないですか。大きなところだけじゃなくて、いろんな人を巻き込んで、面白いことをやっていきたいなと思います。
矢嶋
Y. & SONSでは、きものって「分かりにくい」と思われやすいからこそ、選び方や合わせ方をお客さまに伝えることを大切にしています。
商品にも、それぞれつくられた背景や意味があります。なぜこの商品なのか、どんなふうに楽しめるのか。そういうことは、お客さまと直接お話しすることで初めて伝わることもあります。
西野
それは、NEATともすごく近いと思います。
僕らもSNSでバズるとか、インフルエンサーに着てもらうとか、そういうことを中心には考えていなくて。
僕らは僕らのお客さん作りをしている。フィジカルな接点をすごく大事にしていて、少しずつ顧客さまを増やしていく。Y. & SONSにも、そういうスタンスを感じます。
矢嶋
売れたいけど、売れることを目的とはしたくないですよね。
西野
そうです。僕もスタッフといつも共有しているのは、「売れるかもしれないけど、それを僕らがやる意味って何?」っていうこと。
矢嶋
一緒ですね。僕も絶対問うんですよ。「なぜ、やるのか?」と。
もちろん数字もつくりたい。でも、何のためにやるのか、そこに志はあるのか。その両方が大事だと思っています。
西野
志も数字も、高いレベルで持ち続ける。
矢嶋
はい、それってすごく難しいことだと思うんですけど、そこがあるからこそ、長期的には、ゆっくりでも成長することにつながると思うんですよね。
爆発的な成長はいらなくて。成長することが目的じゃないし、世の中の人に喜んでもらいたいわけで。
西野
本当にそうですよね。
NEATとY. & SONS、専門分野の違いはあるけど、芯はぶらさずにやれているっていうのは、すごく似ているなと思います。
矢嶋
ありがとうございます。これって強い気持ちがないと、できないですよね。
04ブランドを続ける。その先に残るもの。
‐ブランドを続けていく中で、経営者として感じることはありますか?
西野
僕も10人の会社ですけど、やっぱり大変です。
社員は10人でも、NEATをお願いしている工場さんや生地屋さん、自分たちの家族、スタッフの家族とか。関わる人が増えていくほど、自分たちだけのことではないんだなと思うと、プレッシャーもあります。
矢嶋
それはありますよね。
西野
年齢もあるんですけど、自分の働き方とか、今後の人生についても考えるようになりましたね。
実は2、3年前に、会社を続けるか本気で考えたことがあって。でも、妻に「売却して暇になったら、また何かやりたくなるんじゃない?」って言われて。
それで、もし仕事がなくなっても、また何かをやりたいと思うのであれば、お金だけじゃないなって。やりがいとか、自分のやりたいこととか。
だったら、今やっていることをぶらさずに、少しずつ店舗を拡大するとか、海外を広げるとか、もうそれに尽きるなっていうか。
だから僕は割ともう、NEATとともに生涯を過ごしたいなっていう感じです。
最終的に、淡路島の店舗で一人になったとしても、続けているかもしれません。
矢嶋
それって、すごく大事なことだと思います。
会社を続けるということは、社員だけじゃなく、自分たちを取り巻くいろんな人との関係を背負うことでもあります。数字には表れない責任やプレッシャーもある。
でも、それだけ多くの人とつながっているということでもある。
お金も所有物も、いつか失ったり、奪われたりするかもしれない。でも、記憶と経験だけは誰にも奪われない。それって、見えない資産じゃないですか。
だからこそ、数字で表せないものも大切にしながら、続けていくことが必要なんだと思います。


それぞれの場所で、これからも。
二つのブランドは、始まり方も、歩んできた道も同じではありません。
人に出会い、助けられ、関係をつくりながら、ブランドを形にしてきました。
そして今も、「自分たちがやる意味」を問いながら、その先をつくろうとしています。
今回のコラボレーションも、二つのブランドが交わることで生まれた、新たなものづくりのひとつ。
異なる専門性や考え方を持ち寄り、互いの視点に触れることで、これまでにはなかったものが生まれていく。
それぞれの問いを持ちながら、二つのブランドの歩みは、これからも続いていきます。
みなさま、ありがとうございました