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2026.03.27

藍染め作家・背守り研究家 鳴海友子氏 スペシャルインタビュー【後編】
藍染め作家・背守り研究家 鳴海友子氏 スペシャルインタビュー【後編】

Special Interview

藍染め作家・背守り研究家
鳴海友子氏 スペシャルインタビュー【後編】

時を超えて届く、母の祈りと針仕事の軌跡

かつて、日本の母親たちが我が子の無病息災を願い、その背中に一針一針祈りを込めた「背守り」。
医療も衛生も十分ではなかった時代、目に見えない病魔や災いから子どもを守るため、着物の背に施された小さな魔よけの印は、日本各地に息づく文化でした。

そんな背守りの美しさと切実な親心に魅了され、各地を歩いて背守りのついた子どもの着物を収集。誌面や展示会、ワークショップを通じてその魅力を発信し、現在は背守り収集家として知られる藍染作家・鳴海友子さんにお話を伺いました。

【後編】となる今回は、収集したコレクションや背守りの種類について語っていただきました。

2026年3月20日(金)〜3月29日(日) YAMATO Lab. TOKYO 企画展
『背守り ― 祈りのかたち 願いを込めたひと針 ―』開催

背守りとは

子どもの着物の背につけた、魔よけのお守り。
大人の着物は、反物を継いで作るため背に縫い目がありますが、身幅が狭い子どもの着物は一つ身(反物の巾)で作られるので背縫いがありません。

背中の縫い目には霊力が宿り、背後から忍び寄る魔を防ぐと考えられていました。
そこで、背に縫い目をほどこし魔よけとする風習「背守り」が生まれました。

現代よりも着物がもっと日常的であった頃、母親が我が子の健やかな成長を祈り、お守りを縫い付けた風習は全国的にありました。わずか数針縫ったもの、押し絵、刺繍と凝ったものまで形は様々です。

昭和はじめ頃までの、医療、衛生、栄養状態は悪く、厳しい時代。
その時代に生まれた子どもの命が、病魔や災いから守られるよう願いを込めて施された、祈りのかたちです。

大切に収集してきたコレクションたち

収集を続ける中で、江戸後期のものもかろうじて手に入るようになりました。 年代の鑑定については、古民藝店の奥様が一点一点、着物の特徴を丁寧に見極めてくださっています。このメモも、その知見を分けていただいたものです。

大切なコレクションの情報をまとめた、「背守り」ファイル

これが、今私が持っている一覧です。収集したコレクションは写真を撮って、番号を振って、保管しています。一点一点、その着物についてのコメントをつけてね。

これまでに集めたコレクションは着物だけでも、40点ほどあるけれど、原点はこの浴衣だと思っています。

千鳥柄の、大人の浴衣を仕立て直したもの。筒袖で、背に松葉の飾り縫いがあるの。

確かに華やかなものもたくさんあるのだけど、これは着用した跡まであってぬくもりを感じられるから思い入れ深いです。だから番号も1番にしているの。これこそ『背守り』だと思っている。

コレクションを保管している、水目桜の箪笥

本来のシンプルな糸印の背守りは残っているものが少なくて、華やかなものだったり縁起物が多く残っているんです。

着物を着る習慣が昔ほど日常的ではなくなってしまったから、こういう文化がみられなくなってしまったのだと思います。背守りは一つ身の着物には背縫いがないっていうのから始まっているからね。

背守りの変遷と祈りの継承

こんな面白い例もあるんです。こちらは大正から昭和初期の比較的新しいものと言われている、同じ背守りがつけられた女児用と男児用の祝い着です。ついている背守りはどうやら「既製品」のようにも見えるんです。

祝い着に同じ「背守り」がそれぞれ縫い留められており、既製品なのではないかと考えられる

これは知人から聞いた話なのですが、ご主人を亡くされて遺品を整理していた際、箱に入った状態で同じ背守りが見つかったそうです。箱にははっきりと「背守り」と書かれていたそうで、どうやら当時は嫁入り道具の一つとして持たせていたのではないかと考えられます。

母の手で一つひとつ施されていた祈りの印が、やがて時代とともに形を変え、一つの「文化」として育ち、地域や暮らしに根付いていったのだと思います。

背守りの種類について

背守りには、「糸じるし」「刺繍」「紐」や「小裂」のついたものなど。
大きく分けて、3つのタイプがあります。

糸じるし

背守りの中でも最もポピュラーなものです。背縫いのない子どもの着物の背に縫い目を施したものですね。

針数や端の処理の仕方など様々な言い伝えがありますが、必ずしも統一されていたわけではなく。母親の針に委ねられていたんだと思います。

こういったものもあります。ほんの、数針の縫い目。
無事に育ってほしいとひと針縫えば、立派な飾りをしなくても祈りは祈りなんです。

刺繍

文様を刺繍した背守りは「背紋」や「飾り縫い」ともよばれています。

こちらがね、典型的な子どもらしい金魚の柄。
大正から昭和初め頃の着物で、背に紅の糸で扇のような背守りが入っています。

藍染めの絣のきもの。背守りは金狛刺繍のように見える

こちらが、四角形を3つ重ね合わせた珍しい背守り。
身八つ口の部分には黄色の糸で縫とりがあるんです。

また、こういったものもあって。いわゆる背守りの柄サンプル帳です。

背紋を集めたもので、練習に糸を刺した跡もあったり。
あとは紋帳まで行かない、たくさん刺した跡が見えるものもあるのだけど私はこちらが好きですね。

みんなで集まってね、どの柄にするって話していたんでしょうね。
昔は紙も何もかも大事だったので、厚紙を再利用してね。
こちらは富岡の骨董店で見つけたんだけど、お店の人は何かわからず売られていたんですよ。

紐や、小裂

他には、背中に紐を垂らしたり、衿の下部分に小裂を縫い留めたりしたものもあります。
これは、子どもが井戸や囲炉裏に落ちてしまった際にも、神様がその紐や布をつかんで引き上げてくれるようにという意味があるんです。

こちらなんかは、藍染の単衣で。
袖口と見返しに赤い布があしらわれていて、背には揃いの赤とグレーの5cmくらいの布が縫い付けられています。ちなみにこちらは、白影絞りという技法で染められています。

押絵

絵柄をパーツに分けて型紙を作り、薄綿を小裂で包み縫い合わせたものです。
アップリケのようなもので、素朴なものや凝っているものなど様々です。

こちらはね、江戸後期から明治時代のもので、絞り布で「コウモリ」の背守りがつけてある。「コウモリ」はね、福を呼ぶとされているんです。

背守りのモチーフは不明ですが、干し柿でしょうかね。
着物の裏地を使い、仕立てたもので、袖口にはブルーの布で飾り付けられているの。

こちらは、長寿の意味を持つ「亀」の立体的な背守りがついてるの。
青い色で左斜め下の針目があるので男の子用ですね。

背守り以外にもこういった「お守り袋」もあります。

赤ちゃんができましたっていうのでいろんなところにね。
お参りに行った先でお札をまとめて入れるものです。かわいらしいでしょう。
兎やセミのものもあってね。セミは長寿とかの意味があってね、縁起がいいの。
お守りと言ってもお札が入っていないものもあります。

背守りへの思い、記事を読んでくださった方へ

まずね、きもの屋である「やまと」さんが、きものの原点として、「背守り」に光を当ててくださったことを、心から嬉しく思っています。

なんとか、日本の文化を絶やさないようにしていらっしゃるんだなと。
その根源を深く掘り下げようとする姿勢にね、私自身も勇気づけられました。

私は、背守りが江戸後期からの文化だと語っているんだけどね。
鎌倉時代からという説もあるんですよ。

でも、大切なのは、時代がいつかということではなくて。
生まれたばかりの命を想い、母親が自ら手を動かして、我が子に「祈り」をかけたということなの。

展示や記事を見てくださった皆様には、「ああ、昔の人はこんなにも懸命に祈ったのだな。」ということを、感じていただきたいの。

そして、「今の時代も形は違えど祈るよね」って。今を生きる私たちもまた、形こそ違うけれど、誰かを想い、祈りながら生きているということに、気づいていただければ嬉しいですね。

かつて、これほどまでに鮮やかで、切実な「祈りのかたち」が存在したのですから、もし叶うなら、今の時代にもまた、思い切って取り入れてみてほしい。そんな風に願わずにはいられません。

背守りは、きものが日常から離れていくとともに、一度は失われかけた文化なの。
だからこそ、私は絶やしたくないと願い、続けてきました。

今回のようなね、素晴らしいご縁が繋がったのも、切に願ったからなのだと信じています。

参考文献
LIXIL 出版(2014)『背守り 子どもの魔よけ 』
文化出版局(1976)『季刊 「銀花」秋 第二十七号』
文化出版局(1999)『季刊 「銀花」冬 第百二十号』
文化出版局(2009)『季刊 「銀花」夏 第百五十八号』

藍染め作家・背守り研究家
鳴海友子氏

季刊「銀花」や「暮らしの手帖」に紹介記事が掲載されたことをきっかけに、各地で背守りの展示会やワークショップを開催し、子を想う母の祈りのかたちを現代に伝える活動を行っている。

2026年3月20日(金)〜3月29日(日)
YAMATO Lab. TOKYO 企画展
『背守り ― 祈りのかたち 願いを込めたひと針 ―』
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