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読みもの

2026.04.20

『背守り ― 祈りのかたち 願いを込めたひと針 ―』
『背守り ― 祈りのかたち 願いを込めたひと針 ―』

EVENT REPORT

『背守り ― 祈りのかたち 願いを込めたひと針 ―』

2026年3月20日(金)~3月29日(日)の期間、活動拠点であるアトリエギャラリー YAMATO Lab. TOKYOにて『背守り ― 祈りのかたち 願いを込めたひと針 ―』を開催しました。

第3回目となる企画展のテーマは、母たちの祈りのかたち「背守り(せまもり)」。
本展では、背守り研究家・鳴海友子氏が長年かけて各地を巡り、大切に蒐集してきた40点を超える貴重なアーカイブの中から、選りすぐりの20点以上を特別に展示しました。今回はそんな会場の様子をお届けいたします。

かつて子どもを病魔や災いから守るために、縫い目のない背中に一針ずつ施された「魔よけのお守り」。単なる意匠を超え、親から子へと受け継がれてきた慈しみの歴史を、現存する実物コレクションを通して紐解き紹介いたしました。

展示開催に合わせ、鳴海友子氏へのスペシャルインタビューを公開しております。
背に宿る日本の文化と、母たちの祈りのかたちを、ぜひ併せてお読みください。

藍染め作家・背守り研究家
 鳴海友子氏 スペシャルインタビュー

前編はこちら

後編はこちら

背守りとは

子どもの着物の背につけた、魔よけのお守り。
大人の着物は、反物を継いで作るため背に縫い目がありますが、身幅が狭い子どもの着物は一つ身(反物の巾)で作られるので背縫いがありません。

背中の縫い目には霊力が宿り、背後から忍び寄る魔を防ぐと考えられていました。
そこで、背に縫い目をほどこし魔よけとする風習「背守り」が生まれました。

現代よりも着物がもっと日常的であった頃、母親が我が子の健やかな成長を祈り、お守りを縫い付けた風習は全国的にありました。わずか数針縫ったもの、押し絵、刺繍と凝ったものまで形は様々です。

昭和はじめ頃までの、医療、衛生、栄養状態は悪く、厳しい時代。
その時代に生まれた子どもの命が、病魔や災いから守られるよう願いを込めて施された、祈りのかたちです。

2階へ向かう階段の脇には「小裂の背守り」が施された藍染の着物。
白影絞りの単衣で、背には赤とグレーの布がそれぞれ縫い付けられています。

中2階には、「糸印の背守り」の着物。
背には、右斜め下に向かって数本の黄色い糸で大きな背守りが施されています。

2階ギャラリースペースにて、20着を超える様々な背守りが施された着物たちを展示。それぞれ鳴海さんの解説と共にご紹介しました。

背守りがほどこされた着物の他にも、鳴海さんご自身の作品や、背守りとの出会いのきっかけとなった雑誌「銀花」、「背紋帳」「お守り袋」、和裁の教本などの資料も豊富に展示いたしました。

改めまして来場いただいた皆様、誠にありがとうございました。

鳴海友子さんとともに「背守り」という文化を皆様にご紹介できましたことを、心より光栄に感じております。

私たち「YAMATO Lab.」は、受け継がれてきた歴史や物語を大切にしながら日本文化を探究し、新たな視点による可能性を生み出すことを目標に掲げています。
それは、単に装いとしての新しさを提供するだけでなく、日本の文化が本来持っている「原点」を見つめ直すことです。

鳴海さんが長年かけて収集されてきた背守りの数々は、単なる骨董品ではありません。
それは、厳しい時代、古着を継ぎ、短い糸を繋ぎ合わせてでも、我が子の命を守ろうとした親たちの切実な「祈りのかたち」です。そこに添えられた色彩豊かな遊び心、その両立こそが、日本の尊い文化であると、改めて教えられた思いです。

きものを日常着として着る機会が少なくなった現代、背守りという風習は姿を消しつつあります。
しかし、鳴海さんがお孫さんのために針を持たれたように、誰かのために手を動かし、祈りを込めるという行為の尊さは、決して変わることはありません。

「きものと日本の文化を絶やさないでほしい」
鳴海さんから託されたその切なる願いを胸に、私たちはこれからも、文化に宿る豊かな精神性を深掘りし、次の時代へと繋いでいく架け橋であり続けたいと願っています。

次回は、2026年4月末より「絞り染め」を題材とした展示を企画中です。
皆様のご来場をお待ちしております。

※こちらのエピソードは前編にてお読みいただけます。

YAMATO Lab.では、今回紹介した「背守り」を、「宿つなぎ」のアイテムへ、つくり手が想いを込めて一点一点縫い止め、施しています。

各地の旅館や温泉地から譲り受けた「ゆかた」たちとその「歴史」が、手にする方の日常に寄り添い、新たな物語を紡いで行けますようにと、祈りを込めています。