多摩美術大学
「Whooops!」インタビュー



多摩美術大学 美術学部 芸術学科 フィールドワーク設計ゼミが、同大学の学生・院生に発行しているタブロイド誌「Whooops!」Vol.13の、弊社会長 矢嶋孝敏へのDOUBLE MAISONについてのインタビューです。(2016年5月19日)

インタビュアー(以下Q):実は、4年ほど前にインターネットでドゥーブルメゾンの存在を知り、それ以来、ファンなんです。今日は、ドゥーブルメゾンがテーマとしている「洋服ときものの垣根を越えた装い」を中心にお伺いしたいと思います。 まず、“ドゥーブルメゾンの魅力”について教えてください。

矢嶋:今まで、きものにはルールやしきたりがあって、興味はあるけど敷居が高く、なかなか入りにくい…、という方も多いかと思います。それに対し、きものの本質的な美しさを守りながら、もっと洋服感覚で着られるきものを作ろう、というのがドゥーブルメゾンの狙いであり、魅力と感じていただいている点だと思います。

:ドゥーブルメゾンのきものを着ている人を見かけると、一目で「あっ、ドゥーブルメゾンだ!」と分かるなど、他のきものと明らかに違うなと感じるのですが、商品作りにおいて気をつけていることは何ですか?

矢嶋:気をつけていることは、たった1つ。それは「大森伃佑子がやりたいことを、100%実現していくこと」です。大森さんが、スカラップレースの袖口や裾にしたい、と言えば、従来のきもの屋の能力、普通の縫製では作れないとしても、出来ない…と言わず、出来るところを日本中から探し、必ず応えています。つまり、大森伃佑子の世界を100%、表現していくことを大切にしています。



:ドゥーブルメゾンのサイトを見ると、架空のメゾンに女の子たちが住んでいて、その1つ1つにストーリーがある。とても素敵だな、と思いましたが、そういったコンセプトなども大森さんと決められたのですか?

矢嶋:ドゥーブルメゾンは、3人のディレクションによって決まっていきます。クリエイティブディレクターは大森伃佑子、アートディレクターが菊地敦己、私はマネジメントディレクターです。まずイメージであったり、こんなきものを作りたい、というのは100% 大森伃佑子の世界です。それを今度は、ホームページや媒体、コンテンツにどう表現していくか、がアートディレクター菊地敦己の担当、私はそれをどのように実現させていくか、というマネジメントをやっています。こうした三角形でドゥーブルメゾンは生まれました。



:従来のカタチにはまらない、境界線を飛び越えるようなブランドを作られたキッカケを教えてください。

矢嶋:2004年に“なでしこ”というブランドをつくり、それなりに若い方々に対して敷居の低いきものを作ることは出来たのですが、きものという世界観を持ちながら、もっと現代の洋装化した衣生活に受け容れられるものを作りたいという気持ちがありました。それは、ポップカルチャー的なきものや、一時流行ったコスプレ的なものではなく、きもの本来の美しさ、フォルムを活かした上で、というものです。しかしそれは自分たちでは作れませんでした。そんな折、6年前に、大森伃佑子さんから、ドゥーブルメゾンの、当時はメゾン・ド・ベルベットという仮称でしたが、企画を持ち込まれました。こういうことがやりたい、と。それをやるには、それなりのバックアップが必要で、業界最大手のやまとさんで検討してくれませんか、というものでした。その企画を見て、やりましょう、となったのです。啐啄同時(そったくどうじ)という言葉があります。鳥が卵から生まれるときに、内側から雛鳥が、外側から親鳥が同じところを同時につつくことです。そうして殻が割れるように、ドゥーブルメゾンは生まれてきたのです。

:会長の「きものの森」構想について教えてください。

矢嶋:今は戦後70年。それこそ戦前の80年前、100年前、日本人の殆どはきものを着ていました。ところがなぜ今、きものを着なくなったかというと、1つには戦争に負けアメリカ化されていく中、きものを着る風習が消えていったことが挙げられます。そんな中、きものが無くなっては大変だ、と今から40~50年前のきもの業界の人たちが、きものを残していく1つの方法を考えました。それがフォーマルで、絹で、結果として高額なきものを残していく発想です。具体的にいえば、婚礼のきものと、成人式のきものです。成人式は一生に一回、結婚式にしても一生一代の晴れ舞台です。そうなると、一生に一回だから、ある程度良いものを、という気持ちとなり、だったら絹が良い、更にお祝いとして家族みんなの財布からお金を出すから、というようにフォーマルで高額な絹へとシフトしていったのです。こうした流れできものが戦後残っていった為、結果的にきものの殆どが絹で、高くてフォーマルなものばかりとなってしまいました。しかし、戦前を見れば、絹を着ている人はごく一部で、殆どは綿やウールを普段に着ており、絹は特別なハレの日だけのものでした。イメージしてみてください。戦前は洗濯機も掃除機もありません。お風呂だって水を汲んでくる。それら全部、きものを着てやっていたのです。きもので井戸から水を汲み、きもので雑巾掛けをし、洗濯もきもので。そういう普段の生活において、いつも絹のきものを着ていたわけではないのです。綿やウール、その他もっとたくさんのものが本来あったのです。それはまさしく、「森」のように。

「森」には、いろいろな木の種類があります。冬でも葉が散らない杉もあれば、ブナのように冬になれば葉が落ちる落葉広葉樹もあります。そうした様々な樹種がある森では、冬になれば葉が落ち、春になると落ちた葉が堆積し、梅雨を経て夏になれば、それが腐食し分解され、また土にかえっていく。そこには色々な虫がおり、それを食べに小鳥たちがやってくる、その小鳥たちによって、草花の受粉が行われ花が咲く、こうした豊かで多様性に溢れたものが「森」のイメージです。


 それに対し、戦後やむを得なかったとはいえ、高額で、絹で、フォーマルへと偏ったきものの世界は林のように画一的でした。今の日本の植林は杉林ばかり。スギ花粉など、いろいろ問題視されています。一方、人工的に作られたものではありますが、明治神宮の森には実に多種多様な樹種があります。そのようにたくさんの、絹だけではなく、綿、麻やウール、そして合繊繊維もあり、値段も、何十万だけでなく何万円、洋服と同じ値段のものもある、フォーマルだけではなくて、カジュアルなもの、洗濯機で洗えるものもある、という「森」のように多彩なものが揃い、そこにいろいろな人が集まってくるようなイメージを「きものの森」と表現しました。

:かつて森のように多様性に富んでいたきものが、戦後、林のようになってしまったものを今一度とり戻そうというのが、きものの森構想ということですか?

矢嶋:画一的な林のようになったのには、戦後の2つの出来事が背景にあります。1つは、1959年の美智子妃殿下のご成婚。当時大変な話題で日本中が沸き返り、婚礼のきものが大ブームとなりました。2つ目は、それから7~8年後、団塊の世代が20歳を迎え、成人式の人口が最大となり、振袖がブームとなったのです。これら婚礼のきもの、成人式のきものは、いずれも絹で、高額で、フォーマル。だから当時はそれを売っていくほうが、いろいろな種類のきものを作るより楽だったし、わざわざ安価な綿やゆかたを売るよりも、絹の方が高く売れるから良いと、自分たちのやりやすい方向へ向かっていったのです。だから、きものを画一的な林にしてしまったのは、その当時のきもの屋さん自身なのです。このように、林化してしまったものを「森」のように戻そう、植林でいえば、杉だらけになった日本の山野をもう一度、いろいろな樹種がある「森」に戻していこう、という取り組みが、「きものの森」なのです。

:今の話を聞き、ドゥーブルメゾンのきものを改めて見ると、すごく多様で、アパレル的なきものがたくさんありますね。会長は、ドゥーブルメゾンに対する業界やお客様からの反応を、どのように感じられていますか?

矢嶋:業界からの反応は思ったより少ないです。正直に言えば、こういうことに対して、感じる能力も衰えているのかも知れません。反比例するように、お客様からの反応はものすごく良いです。それは、今までのきもの業界と、お客様がマッチングしていなかったことの証明とも言えます。業界には理解されないけど、お客様は分かる、ということは、業界が分かるものは、お客様は分からない、という逆説がなりたちます。実際、私も大森伃佑子のきものから教えられることがたくさんあります。

 例えば、大森さんの好きなギンガムチェックを使った絹のきものがあります。格子柄ですと、普通は織物が多いのですが、大森さんはインクジェットプリントで表現するという発想でした。また麻のきものでも教えられました。麻といえば、私はどうしても夏のイメージがありますが、大森さんは、その麻のきものに冬のイメージのあるベルベットで縁取りをしました。それによって、麻のきものを夏に限定せず、年間通して着られるものにするという発想です。そしてもう1つ。スノーフレークという真っ白なきものがあります。きものは勿論、帯も羽織も白で合わせて。私は白いきものは死装束みたいだから難しいのでは? と大森さんに言ったところ、「じゃあ、売れるか売れないか賭けましょう。」と…。見事に負けました。上も下も羽織も白い麻のきものが、お客様には認められているわけです。今までのきもの業界からいえば、まったく斬新で、私自身、以前アパレルの社長をやっていましたので、業界の中では理解がある方ですが、それでもやっぱり、きもの屋の目になっているので、見えなくなっていることがあるのです。

 

 特に今、一番人気は“レースのきもの”です。レースという素材をあれだけ大胆に取り入れて、レースのきもの、羽織、帯、長襦袢、を作ったのは凄い。お客様の反応という意味では、ドゥーブルメゾンのサイト“レター”に掲載されていますが、ミントグリーンのレースきものをお求め頂いた福岡のお客様が、2つ写真をくださいました。1つは、レースきものを着て、ハワイの結婚式に行かれた写真、もう1つは、同じレースきもので、クリスマスツリーの前で写っているものです。

 

 常夏のハワイと、真冬のクリスマスに、同じきもので、というのは画期的でした。しかもレースのきものはシワになりにくいので、ハワイに持って行った、と。そうしたレースのきものの新しい使い方を、お客様の方が見つけてくるのです。このように1つのきものが多様に使えるというのがポイントです。  今までのきものには、ルールがいっぱいありました。結婚式ならこういうきものでなくてはいけない、とか、お茶席ではこう、入学式はこう、というように。こうしたルールがあっても良いですが、今の感覚は変わってきています。例えば、結婚式の参列には、30年程前は男性は全員、黒の略礼服でしたが、今は、ピンタックのシャツに、ボウタイを締め、ジャケットを着れば、カッコイイとなりますよね。このように、結婚式のスタイルも、ファッション化が進むのに、昔のフォーマルブライダルの感覚中心できものを作っていくことはズレているとも言えるのではないでしょうか。

 

 この写真は昨年、メンズプレシャスに掲載されたものですが、ピンタックのシャツにボウタイ、足元はブーツです。そうすると、きものと帯、羽織さえあれば、肌襦袢や長襦袢、足袋や雪駄がなくても着られるということになります。きものの1つの敷居の高さは、きものだけではなく、肌襦袢や長襦袢など、いっぱい要ることなんです。振袖でいえば、細かい腰紐など諸々入れていくと、25点セットくらいになってしまいます。そこで、「きものとして本格的に着ることも出来るけど、もっと簡単に着られるものを作らなくてはいけない」という発想につながる訳です。ドゥーブルメゾンは、そういう世界も作っています。だから「和と洋のクロススタイル」をブランドのテイストとしています。本来、このように広がりがあるべきなのに、きものはフォーマルだけに傾いたから世界が狭くなっていました。カジュアルもあります。高いものだけではなく安いのもあります。絹だけではなく麻や綿もあっていいでしょ、という、「きものの森」の中で、一番新しい感覚で提案するブランドがドゥーブルメゾンです。

:ドゥーブルメゾンでは、洋服も作られていますが、洋服を作ってみたことで、新たに気づいたこと、再発見したことなどはありますか?  

矢嶋:ドゥーブルメゾンの洋服は、大森さんが自分で着ている洋服に主にヒントを得ています。スタイリストの仕事は、ものすごくガテン系、ハードワークなんですよね。そういう時に着ているものは、機能的にもしっかりしていながら、ある種のエレガントさを持っているものなのです。そうしたものを中心としながら、彼女が出していく大森伃佑子の世界観の洋服。その中には、洋服ときものが、同じ素材のものもあります。つまり、1つの素材の中で互換性がある、ということです。例えば、きものの“羽織もの”として開発されたものだけど、洋服にも合わせられるといったものや、きものと洋服、共に合わせられるコートなどもあります。
 


 このように同じものが、洋服ときものをブリッジして、行ったり来たりすることが出来るのです。例えば、サンフランシスコのユニオンストリートに行くと、デニムの上に、日本のアンティークの黒羽織を合わせている人などチラホラいます。こうした着方というのが、もっとあっても良い、そういうことに気づいたのも、洋服ときものを同時展開したことに拠ります。
 もともと何故、洋服をやっているかというと、ドゥーブルメゾンのサイトを見ると分かりますが、405号室のメイリリー、301号室のローズマリーなど8人の架空のキャラクターが住んでいるドゥーブルメゾンというマンションの部屋の各人のクローゼットを開ければ、中身が全部きもの、ということはあり得ませんよね。中は全て洋服という人たちはいるかと思います。しかしそれは見方を変えれば不自然で、洋服が多くてもいいけど、きものも入れておいてくださいね、というのがコンセプトなのです。つまり“洋感覚の可愛いきものをワードローブに”というのが、一番コアな部分となります。そうすると、きもののブランドではあるけれど、洋服もあっていいよね、という発想になるわけです。だから足袋の形をしたソックスもANTIPASTで作ってもらっており、そのソックスは、洋服にもきものにも合わせられるし、ミュールや、ヒールの時も履ける、という和と洋のクロススタイルになってきます。  

:ドゥーブルメゾンが目指す、これからのきものの形、ビジョンをお聞かせください。

  矢嶋:「きもの本来の持っている美しさは変えない」というのが、大森伃佑子の考えです。だから二部式のきものや、短いミニ丈のきもの、袖のないきものを作ったりは一切しません。きものというのは、それ自体、フォルムが完成しています。女性も男性も、基本的にこの形なのです。しかし、着方や人によって、ピシッと着ることも出来れば、ゆるく着ることも出来ます。それは、洋服と真逆です。洋服には、フォルムがいっぱいあります。ジャケットでも、2つボタンや3つボタン、シングルとダブル、さらに同じ上着でも、ジャンパーやプルオーバー、カーディガンというようにフォルムがいっぱいあるのです。そのジャケットを着たらみんな同じ形になるように作られています。だから洋服にはフォルムはいっぱいあるけど、フォルムごとのスタイルは1つです。一方、きものは、フォルムは1つですが、スタイルは無限です。それを大森さんは、活かし、絶対に壊さないという哲学を持っています。ドゥーブルメゾンは、きもの本来が持つ日本文化の特徴とも言える“フォルムは1つだけど、スタイルは無限”という洋服にはない特徴を活かしたものを、これからも作っていきます。
 ビジョンとしては、リアルショップを年内には東京に出したいと考えています。それも踏まえて、6月3日(金)から7月31日(日)の2ヶ月間、期間限定ショップを京都に出店しています。場所は、京都 河原町 四条にあるミナペルホネンのビルの一角。それが終わってから、都内にドゥーブルメゾンのリアルショップをつくりたいな、と考えています。今まではサイトや展示会、なでしこでの店頭扱いだけでしたが、リアルショップという形で、大森伃佑子の世界を作りたい、と思っています。

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  :最後に、若い世代に伝えたいこと、知ってほしいと思うことをお聞かせください。



矢嶋:きものに限りませんが、世界にはない独自の日本文化を、もっと知って欲しいと思います。例えば、華(道)、茶(道)、そして日本料理など。訪日外国人もこの1~2年ですっかり変わってきています。以前はアジアの人々が“爆買い”目的で来ていましたが、ここ最近は、日本の文化、美意識というものに関心を持って来るようになりました。WEBライブラリーvol.1にもありますが、中国人観光客に人気なのが、千本鳥居で有名な京都の伏見稲荷です。ところが、日本人がそこを訪れると、みんな入口から20mくらいだけ見て写真を撮って帰ってしまいます。一方、中国人の観光客は、その千本鳥居を通り抜け、さらに1時間くらいかかる奥の院まで行ってお参りします。先日、武蔵野美術大学で講義があり、伏見稲荷に行ったことがある人と尋ねたら20人くらいいましたが、奥の院まで行ったのは、たった1人。しかし、中国人はみんな行くのです。それは関心を持っているからです。逆に、日本人にとって、それは“いつも在る”ものだから、大切さに気づかないのです。しかし、決していつも在るものではありません。熊本地震で甚大な被害を受けた熊本城の修復にも、相当な年月を要するでしょう。無くして初めて大切さに気づくものです。中国人が何故1時間も歩いて奥の院まで行くかといえば、中国では文化大革命でそのような文化がなくなったからです。
それに対し、日本はいつも“在る”ことに安心してしまっています。そういう意味では、華やお茶、そして、きものなどに対し、もっと馴染んでいかないと、オリンピックで色々な国の人々が来たとき、一番知らないのが日本人、ということになりかねません。海外の人はインターネットでちゃんと勉強してきますから。先日テレビで、すごく綺麗にきものを着られるポーランドの女性が紹介されていました。そういう意味でも、若い人たちには、もっと“独自の日本文化が在る”ことを大切に想い、華、お茶、日本料理、きもの、といった日本文化の4つの柱に共通する“心”を知ってほしいと思うのです。

 例えば、季節を愛おしむ心、というのは、きものにも華にもお茶にもあります。きものであれば、夏になると、絽や紗といった透け感のある、いかにも涼しげなきものへ季節の移ろいと共に変わります。洋服の場合、長袖から半袖、タンクトップと、フォルムは変わるけど、きものは同じ形で表現します。
 


 花であれば、1月には牡丹、2月には梅、3月は梅、4月の桜、というように四季と共に移ろいます。お茶にも春夏秋冬の茶事があります。中でも「暁の茶事」は、夜が明ける前の冬の朝4時頃に開かれます。冬の京都ですから、外には雪が降り積もり、月明かりが反射してうっすら明るい。鉄釜からあがるシュンシュンという松籟(しょうらい)の音だけがしている…。そういう季節感、時間の移ろいというものが、一期一会という心につながっていって、今というのは今しかないから今を大切に生きよう、という気持ちになります。
 いけばなでも同じです。いけばなはアレンジメントフラワーではありません。今、世界では「Ikebana」で通じます。いけばなの起源は、約1,400年程前となりますが、池坊が、仏前供花といって仏様に花を立てたのが起こりです。仏様に花をいけても、仏像自身はそれを感じることはできません。しかし、その花を活けることによって、向こうの世界と対話するのです。向こうの世界の人をもてなすことが、同時に、この世の人へのおもてなしともなるのです。
 このように、「移ろいゆく四季を愛おしむ心」や「一期一会の心」、そして「おもてなしの心」というのは、きものと、華、茶、日本料理に全て共通することです。是非、もっと関心を持ち、知って欲しいと思います。

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