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特別対談「手づくりの日本文化」

 


司会:続きまして、矢嶋最高顧問と久米島紬保持団体会長の山城宗太郎様に、「手づくりの日本文化」というテーマで対談をしていただこうと思います。

矢嶋:実は昨晩、お孫さんが迎えに来られた21時半頃まで盛り上がっていたのですが、そこでのお話が私だけ聞くのはもったいない内容で、この対談を無理矢理お願いしたんです。昨日話されていた中から、いくつか「山城宗太郎語録」としてまとめてみました。 まず、「手仕事は手を抜いてはダメ」と仰っていましたね。その意味を教えていただけますか。


山城:仕事をやる時は誠心誠意を込め、一生懸命やる。中途半端で適当にやったり、 ちょっとした部分で手を抜いたりすると、後にシワ寄せが倍になって返ってきますから。必ず後で怖いことになります。そういうことがないよう、どの準備でも簡単にしてはいけません。染色、特に黒の染めは20日以上かかりますから、念入りに準備が必要です。時間がかかるので糸が絡まりやすく、こんがらがってしまうのです。
  「まあ、いいか」「こんなもんでいいか」というのもダメです。まあまあの状態で済ませてしまうと、必ず「もっとこうしておけばよかった」と後悔しますから。最初からきちんとやっておかないといけません。

 
矢嶋:「染めることの感動」というお話もされていましたね。納得するまでやり尽くす、と。

山城:黒でも色物でも、納得するまでとことん染めていかないと、自分の目指す色が出てきません。僕が今着ているものは黄色に染めてありますが、少し染めるだけでこの色は出るけれど、何度も染色した時の良さは出ないのです。1日4~5回、45日間も染めをすることでようやく納得する色になります。
  これを染める時も、「今度やって色が出なければこれで最後にしよう」と言うほど染めてから、最後の最後に求める金茶を出すことができました。黒はもちろんですが、色物でも、納得するまで染めるべきです。今はデザインによって色も変わってきますが、目指す色になるまで染めて、納得する色が出てやっと終わりにするくらいでないと。

 

 

天然素材で染めた糸

矢嶋:色を出す、というお話がありましたが、色は「出る」のではなく「出す」ものなんですね。グールやフクギ、クワディーサーからどういう色を引き出すか、それには無限のやり方があります。
  今度石垣の市民講座で石垣、竹富、西表ミンサーの手織りと草木染めという2つの文化についてお話しさせていただく機会があるのですが、それらの資料をまとめていて感じたのは、染め方によって色の定着が異なるということです。 天然染料の最大の問題は、耐光堅牢度です。それについては皆さんが今後も研究していかなければなりません。もちろん、色の褪せないものはありません。化学染料と違った天然染料の良さでもある。
  しかしその中でどうやって耐光堅牢度を高め、色が褪せたり落ちたりしないようにしていくか、いろんな工夫ができると思います。例えば、色を定着させるのに一番良いのは寝かせておくことなんです。
  江戸時代に作っていた藍染めは反物を5年くらい寝かせてから出荷していたのですが、そうすると反物に色が馴染み落ちにくくなります。しかし今はその方法ができません。織ってから5年間も工賃が入ってこなかったら皆さんも困るでしょう。だからどう工夫するか、が重要です。昨日宗太郎さんに、糸を染めた後の洗いが大事だということを教わりました。

山城:泥染めの場合、泥の鉄分によって黒く染まります。染色が終わった段階で糸をゴシゴシと洗ってちゃんと泥を落とさないと、中途半端な洗いでは1~2年で糸が弱ってボロボロになってしまうんです。糸を揉んでよく洗い、糸を浸した水が真水のままであるくらいに綺麗にしないと。
  今皆さんが染めをしているものだとクルサを使いますが、クルサを使うと余計に糸が弱ります。しっかり洗わないときものに仕立てた後も弱ってしまい、酷いものでは2~3年で、触っただけでも糸が切れてしまうくらいです。何十年も着るものですから、注意しないといけません。
(注釈:クルサはホルトの木のことです。)

矢嶋:洗うという工程でも、「手を抜かない」ことが重要なんですね。宗太郎さんの仰る通り、泥染めは特に糸を傷めます。鹿児島でも大島紬を織っているのですが、鹿児島で泥染めができないのは、桜島の灰が混じっていて、粒子がとがっているからなんです。無駄なものは落としておかないと、糸の上に乗っかっているだけなので落ちてきますから。しっかり洗うということは、乗っかっているだけの無駄な染料を取り除くことになります。
  そして天日干しをすることで、糸の上に乗っているだけの染料を糸に馴染ませる。そこで手を抜いてしまい、早くやろうとしてはいけません。どうやって耐光堅牢度の強いものをつくっていくかの研究です。もちろん全く色が変わらないということはないので、私もそれはちゃんと伝えています。
  私たち人間がエイジングしていくように、10年前、20年前と変化が無いのはおかしいですよね。しかし美しくありたいと思うのと同じで、できるだけ色を残すために、きちんと洗うこと、そして天日干しをしっかりすること。その間の工程を短縮したり、手抜きしたりしないことが大事なのではないかとつくづく思います。


 

シャリンバイ

 

どんな草木を使うかも重要ですよね。今草木染めをやっている人は全国にたくさんいるんですよ。しかし例えば米沢の染め手さんが皆さんと同じように材料を取ろうと山の中に入っても、福島寄りにある材料が原発の問題で非常に弱くなってしまい、満足のいく染めができなくなってきています。植物はいろんな影響を受けますし、その土地の持っている土壌の力、植物の力は場所によって全然違うんです。
  以前私が住んでいた世田谷区には、排気ガスに強いという理由で道路沿いにシャリンバイがたくさん植えられていました。ところが世田谷のものは、久米島に生えているものより幹がうんと細い。おそらく世田谷のシャリンバイでは久米島のように染まらないでしょう。

  花城さんが久米島が材料の宝庫だと仰いますが、そういう地域に皆さんは住んでいます。自然が深い=生命力が強いことですし、生命力が強い=染める力も強いということです。

山城:シャリンバイにも2種類あるんですよ。久米島のシャリンバイは中が赤くなっているんですが、それが真っ白いものは染める成分が少ないんです。生えている場所によって、中が赤くならないものがあるんだと思います。北風が強い所は皮を少しめくっただけで中が真っ赤なので、厳しい環境に育ったものの方が染める力が強いのかもしれないですね。
  同じ植物でも木の上と下、根っことでは色が違いますし、特にソテツは北風の当たる所と当たらない所でまた色が変わります。だから僕は北風の強い黒石(クルシ)という地域から染料を取ってきます。普通の家に植えられたソテツと、葉の色が全然違いますから。

矢嶋:青森のリンゴ農家である木村秋則さんの実話を著した『奇跡のリンゴ』という本をご存知でしょうか。彼のリンゴは、農薬を全く使っていません。そうすると林檎そのものが害虫を寄せ付けない力をつけるそうですが、そうなるまでにおよそ8年かかっています。そう簡単にできることではありませんが、リンゴそのものに力がつけば、美味しいリンゴができる。皆さんが扱っているのは草木ですから、同じ木でも1本1本性格が違いますよね。どういう木を使うか、も重要だと思います。紫陽花は地面のpHによってブルーからピンクまで色が変わります。

それと同じように、どういう所で、どういう土壌で草木が生えているかによって、出てくる色も違ってくるんです。だからとても奥が深い。あと100年200年生きないと、極められないかもしれないですね。(笑)
  皆さんがこの場所を選んだ理由のひとつに井戸がありましたが、水も非常に大切です。日本のように水道の水を飲める国は世界でもほとんどありませんから。熊本のほとんどは塩素の入っていない地下水ですし、久米島も水がとても豊富です。

  例えば京友禅は昔、今はもう道路になってしまった京都の堀川で友禅流しをしていました。江戸小紋は神田川、加賀友禅は浅野川と手取川を使っていました。元は織りの産地だった十日町で染めが発達したのは、越乃寒梅や八海山などの美味しいお酒や南魚沼産のコシヒカリをつくるのと同じ雪解け水で染めることで、深い色が出せるようになったからです。しかしそういう地域でも草木染めはできません。皆さんの住むここ久米島は、材料となる草木、そして水が豊富にある恵まれた土地なのです。

  沖縄の強い日光による天日干しも、色を定着しやすくしていると考えられます。雲が3割以下の日が晴天とされているのですが、沖縄は晴天の日数は意外と少なく、ほとんどが曇りなんです。天気が良いと思うのは雲が多くても日光が強いからで、その光で天日干ししたものは、飛ぶ色が先に飛んでしまうので良いのだと思います。そこを絶対に手抜きしないで染めていくことがとても大事なのではないでしょうか。干しているうちに色が変わってくるのは、馴染んでいるということですから。色が変わってきたから止めるのではなく、変わるまでした方がいいんじゃないかな。

山城:染色しているうちに、染まっていくのが手の感覚でわかるんですよ。乾いているようで、湿っているような。どんなものでも、染めるとそういう変化があるんです。特に泥染の場合、手で触った感覚でシャリンバイの中で染まり始めている変化が分かるのですが、それでも2、3日はじっくり染めてから泥の中に入れます。そうすると色合いが大きく変わってきますね。

矢嶋:そうですね、本日は貴重なお話をありがとうございました。