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「変わりゆくきもの市場」(2)

新しいきもの市場
  ここまできもの市場が衰退した経緯をお話ししてきましたが、私が本日皆さんにお伝えしたいのは、これからきものの市場は成長するのではないか、ということです。数字としてはまだ表れていないのですが、そう考えられる理由は2000年以降のきものユーザーの変化にあります。

 

  この図は市場規模の変化をグラフで表したものです。あえて年号を入れていませんのでイメージ図として見てください。先ほどお話をした過去の高価格化・フォーマル化したきもの市場は第一の製品ライフサイクル(実線のグラフ)で表現されていて、ピークの1980年~90年から現在では急落しているため、衰退期とされています。この衰退の勢いがあるとわかりにくいのですが、その中で新しいきもの市場が形成されつつあり(点線のグラフ)、今がその導入期だと考えています。過去のピークには及ばないかもしれませんが、おそらくきものは今後もっとたくさんの人が着るようになって、もう一度市場規模が拡大し、今よりずっと市場が良くなるはずです。

  その根拠は、2000年を境に、消費者の環境に大きく分けて二つの変化が起こったことです。一つはインターネット利用の普及・慣習化、もう一つはたんすからのきものの放出をきっかけとしたアンティークきものブームです。高付加価値化の時代にフォーマル品として購入されていたきもの、例えば訪問着や留袖は、ひとつの持つべき資産と考えられていました。女性がお嫁に行く時にはご両親がきものが詰まったたんすを用意し、花嫁道具として持って嫁いでいったのですが、実際にはきものを着るシーンが減り、持っていても着る機会がありませんでした。

  しかし2000年を境にきものリサイクルショップが登場し、そこへたんすに眠っていたきものが放出されたのです。さらに、昭和初期や大正に作られた奇抜な色柄のアンティークきものが、若い女性たちに好まれ消費されるようになっていったのもこの時代です。同時期に雑誌の『七緒』や『KIMONO姫』も創刊され、きものを普段着として楽しむことを提案するユーザーも出てきました。
デザイン図案
「七緒」
デザイン図案
「KIMONO姫」
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 この二つの環境の変化は、ウェブを介した消費者の知識の向上と、自由なファッションとしてきものを着用するスタイルをもたらしました。私がきものを始める時にすごく困ったのはコーディネートの仕方です。例えば大島紬を買ったものの、どういう帯を合わせたら素敵なのかがわからない。しかし今はこの問題はほとんど解消されていて、Googleの画像検索で「大島紬 帯」とか「大島紬 コーデ」と調べれば、物凄い数の組み合わせが出てきます。その中から自分が素敵だなと思うものを選んで真似すればいい。

   さらに先の経産省のアンケートで着付けが課題となっていましたが、現在の新しいユーザーはYoutubeなどの動画サイトを利用して独学で着付けを学んでいたりします。価格のわかりにくさに関しても、この商品は本当にこの値段で妥当なのかな、とネットで検索してみれば、同じような商品が他の店だといくらで売られているのかが簡単に比較できます。
   最近だとInstagramにもたくさんきもののコーディネートがアップされていて、写真だけでなくどこの商品なのかという情報も投稿されているため、自分の好みに合ったアイテムや店を簡単に探せるようになりました。「きものはこういう形でなければいけない」とここ何十年言われていたけれど、実はそうではないんだ、と自由な着方を再発見し始めていきました。

   2000年以降の市場の変化として、ユーザー主導のきもの価値の創造が挙げられます。2015年にGLOBEという朝日新聞の日曜版で「着物に明日はあるか?」という特集が組まれたのですが、これはネガティブな記事ではなく、自身もきものユーザーである記者がきものについて深く取り上げたものです。同じように情報発信力のあるユーザーが男きものの本を出版するなど、元々は普通のユーザーが積極的にどんどん新しい情報を発信し始めています。
   それはネット以外でも見受けられ、キモノジャックと言われるイベントもそのひとつです。きものを着るシーンがないという課題を面白く利用していて、主催グループがTwitterやFacebookなどのSNSで情報共有して、「何月何日の何時にこの街に集合して、この場所をきものを着た人だけで埋め尽くそう!」というイベントをゲリラ的に行っています。また元々きものメーカーではない一般のユーザーが、新しくきものを開発したいとインディーズレーベルのような形で自分のきものブランドを作った事例もありました。


きものの価値はひとつではない

   こういった変化を踏まえ、私が行ったユーザー調査について説明していきます。まずきもの関連事業者へのヒアリング調査、きものユーザーへのインタビュー調査、パイロット質問紙調査を行い、その結果をグラウンデッド・セオリー・アプローチという方法で言葉として集約、さらにそこから質問紙調査の設計をしました。そして「きもの好きの人物イメージ」、「きものに対する考え方」の項目で設問を用意し、きものの魅力としてどんなことに共感するか、をきものユーザーに回答してもらいました。
   測定項目の例を挙げると、きもの好きの人物イメージに関する項目なら「粋な人・江戸っ子」と「はんなりした人・京女・京男」、「時間にゆとりのある人」と「忙しい人」といったように、逆の項目を組み合わせてどちらがイメージに近いか答えてもらう形式です。約300人のデータを集めました。

   併せて、現在のユーザーが年間あたりどれくらいきものにお金を使っているのかも調べたのですが、平均が86,462円でした。きものユーザーの方々と言えど、ほとんどが年間10万円以下です。和服以外の洋服の年間世帯平均が78,084円なので、それより少し高いくらいですね。一番多い人で年間150万円以上で、きものに年間15万円以上使っている人たちはあまり多くありません。またこの方々に、年齢・性別による有意差は特にありませんでした。

   一口にきものユーザーと言ってもいろんな方がいて、各々が考えているきものの魅力も多様だったので、それを整理するためにいくつかの分析を行います。まず着用頻度と支出金額には、それぞれどういった項目や魅力が関係しているかを調べました。それによってきものを普段着のおしゃれとして考えている人はたくさん着ること、きものをオーダーメイドとして考えてそれに魅力を感じている人はお金を使うことなどがわかったのですが、これらの結果を因子分析にかけ、様々な項目をグループ化しそれをまとめている要因を抽出します。

<図を拡大する>


   それがこの表で、大きく分けると第1~3はきものを着る人のイメージに対する因子で、第4~6因子はきもののどういう所を良いと思っているかに関する因子です。さらにこの抽出された6つの因子がきものの着用頻度、支出金額とどういう関係性があるかを重回帰分析(ある事象にどの要因がどの程度影響しているのかを調べる分析)で調べてみた結果、着用頻度にプラスの影響を与えているのは、第4因子の「洋服以上にコーディネートを楽しめる日常的なファッション」という価値であることがわかりました。一方で、それとお金を使うかどうかは別であり、年間の支出金額にプラスになっているのは第6因子の「自分専用に誂えて着こなすこだわりの衣服」という価値だとわかりました。

少なくとも今の分析で明らかになったのは、様々なきもののユーザーがいる中で、きものの価値は決してひとつではないということ、つまりは新しい市場創造の可能性です。例えば寿司の場合、回転寿司と回らない寿司屋とがありますが、基本はそれぞれの良さがあると考えられていますよね。人によっては回転寿司が好きでしょうし、逆も然りです。しかしきもの業界は今まで、この部分を一緒くたにしてきていて、ユーザー間でも日常的なファッションが好きな人と、誂えて着こなすのが好きな人は、お互いを否定する傾向にありました。

   日常派の人はアンティークのような個性的なきものが好きで、呉服屋ではそういったものがないから別のショップに行く。一方、呉服屋でお誂えのきものを買う人たちは、日常派の人が好むものをきものと言っていいのか、と考えていたりするんですね。ここは折り合いが悪くお互いのことを否定しがちなんですが、アンティークやリサイクル、レンタルのきものといった気軽なきものは着用頻度の増加に非常に貢献しますし、一方で回らないお寿司のようなきものの良さがあることも事実です。

また着用頻度と支出金額の両方にプラスに影響する、「きものについて相談できる人・お店を知っていること」という項目があり、そのような人ほどたくさん着てたくさんお金を使うとわかったのですが、調査においてこの項目でイエスと答えた方は30%しかいませんでした。ユーザーの過半数がきものについて、行ったことがある店も含め、相談できる場所がないと考えているのです。



参考として、実際のスタイルをご紹介します。

「JOTARO SAITO」は、2017年4月にオープンした銀座SIXに直営店を出しているブランドです。東京コレクションなどのファッションショーも頻繁にやっていて、そこでかなりハイ・ファッションなイメージの、今までに無かった形のきものを提案しています。

デザイン図案
「JOTARO SAITO」
20~30代女性をターゲットにした「KIMONO by NADESHIKO」は、ベレー帽やショールなど洋服のアイテムとの組み合わせも提案しています。

デザイン図案


「KIMONO by NADESHIKO」
デザイン図案

京都のメーカー「WA・KKA」は、日常的なおしゃれ着として楽しんでほしいという気持ちから、100%ポリエステルで手入れのしやすい安価なきものを作っています。

デザイン図案

「WA・KKA」


   ではもうひとつの価値である「自分専用に誂えて着こなすこだわりの衣服としてのきもの」はどんなものかというと、イメージは先ほど例えたように回らない寿司屋です。スーパーのお寿司や回転寿司であれば決まりきった形のものを安価で提供してくれますが、回らない寿司屋は私の好みや希望に合わせて好きなものを握ってくれますし、きめ細かいサービスもしてくれる。きものも昔はほとんどこういった作られ方と買われ方で供給されてきました。

   個人的な話ですが、私がきものにハマったきっかけでもある初めてのお誂えの色無地は、卒業論文のために学生と取材に行った京友禅の老舗メーカーのアンテナショップで作りました。きものは単にサイズを測って仕立ててもらうだけかと思っていたら、実際はお店の人と相談しながら白生地を選ぶところから始まります。私がどういうシーン・スタイルできものを着たいかに合わせて、モダンから古典まで計30種類以上から白生地の柄を選び、100色以上の見本帳からどの色に染めるかを決め、さらに八掛というきものの裏地の色も選びます。このように細かに希望を指定し自分サイズで誂えてもらうというのは、私にとって非常に新しい経験でした。

   1960年代以降のきものがたくさん売れるような時代には、とにかくたくさん作ってたくさん売るべく、メーカーが作ったひとつのデザインをたくさんお店に並べて買ってもらうといった現在の洋服と同じスタイルが広まっていき、このカスタムオーダーも減っていきました。しかしお誂えできものを作るお客様は現在もいて、そこに力を入れている小売店が伸びているとも聞きます。

   京都に、在庫も店舗も持たない、完全にお誂えだけを受けている呉服屋があるのですが、どういう柄のきものにするか、お客様の話を聞いて一枚一枚デザインを起こしています。例えばヨーロッパ人の彼と結婚して現地に嫁ぐために一枚きものを持っておきたいというオーダーが入った時は、その方の現況や長崎出身であることから、昔から友禅の柄であった長崎出島の柄や南蛮船をモチーフとしてデザインを起こしたそうです。それならパーティで着用して関心を持たれた時に「実はこの柄にはこういう意味があって」と話すこともできる。決して安い買い物ではないですが、その人にとって一生思い出になって着られるきものを、完全なお誂えで制作されています。実はそちらは若い方がやっているベンチャー企業で、この他にも新しい事業者が出てきています。