「変わりゆくきもの市場」(1)

衰退市場といわれるきもの業界ですが、今、市場に新しい動きが生まれ、多様化の時代が訪れています。きもの業界のこれまでと現在生まれている変化を、ご自身もきものユーザーである、立命館大学経営学部の吉田満梨准教授が経営学的視点からお話しくださいました。 (2017年11月23日に早稲田大学で行われた講義「きもの学」の、立命館大学経営学部・吉田満梨准教授による「きもの市場とその変化」の内容を逐語訳したものです。)

立命館大学経営学部の吉田と申します、本日は宜しくお願いします。
私は専門としているマーケティングの観点から、きもの市場について考察しています。元々はきものだけでなく色々な製品や市場の分析を行っていましたが、私のゼミの学生と一緒に京友禅の製造問屋を訪問した際に、お茶のお稽古用に色無地を購入したことがきっかけできものにハマり、産地や歴史などを調べ始めたらキリがなくなっていったので思い切って研究対象にしました。研究を始めて4~5年目ですが、現在は経済産業省和装振興協議会の委員も拝命し、和装業界の商慣行をより良くしていくための取り組みができればと考えています。

また昨年4月にこの早稲田大学きもの学のことを知り、自分の大学でもこういった授業を行いたいと考え、2017年度からきものゼミを開講しました。ゲストスピーカーにお越しいただいたり、和装の専門学園やメーカーを訪れて勉強を行ったりなど、30人ほどの少人数で学んでいます。

 




なぜきものは「衰退市場」に?

  メディアでは「きもの市場は衰退市場だ」と書かれることが多いのですが、研究してみると決してそういった現状ばかりではないことがわかってきました。そしてまとめた最初の研究報告書が、「きもの関連市場における新たなセグメントとその特性の分析」です。今回はその内容を基にお話しいたします。

   研究を始めた当初、きもの業界に対してある違和感を覚えました。業界の方は「戦後洋装化が著しく進んだので、ライフスタイルに合わないきものが売れないのはしょうがない」とか「消費者に対して色々な取り組みはしているけれど、消費者の欲しいものがわからない」と仰っていたのですが、私にはきものを好きな方が増えているのではないかという肌感覚がありました。私自身きものに新しくハマったユーザーですし、周りにも同世代でそういう人はたくさんいました。夏祭りでゆかたを着るのは今や定番ですし、今は呉服屋さんできものを買わなくても、大学生でも買えるくらいの価格のリサイクルのきものを扱うお店も増えています。

   結論から言うと、これからきもの市場は伸びると考えているのですが、そもそも何故この市場は現在、衰退市場と言われるようになったのでしょうか。
   きものの市場規模は、「2兆円産業」と言われていたピーク時の約1.8兆円から現在は約2800億円まで落ちています。商品としてのきものの消費スタイルは、和装での結婚式や成人式の振袖など、晴れ着のイメージがありますよね。しかし昭和47年(1972年)一般家庭の写真を見てみると、お父さんと旦那さんはスーツを着ていますが、女性の方々はきものを着ています。アニメのサザエさんでも、波平の奥さんのおフネはきもので過ごしているように、それが一般的な生活スタイルでした。

   高度経済成長期には京都の西陣という帯の産地で「ガチャ万(ガチャンと織機を動かしたら一万円入ってくる)」という言葉ができるくらい、作れば作るほど儲かるような産業だったのですが、1972年にはその生産・供給数量が頭打ちになり、1970年代以降は減少していきます。その要因は、インフレによる労働集約型の和装産業の賃金上昇、海外からの織物輸入の増加、1974年の生糸の輸入一元化措置による原料価格の高騰などで、安く作れなくなったからです。日常品としてたくさん作ってたくさん売るのが難しくなった結果、きものは一点一点に高い付加価値をつけ、良いものを良い場所に着るようにしよう、とフォーマル化していきました。ちょうど日本が高度成長期の真っただ中で、今日より明日は経済が良くなっているという期待の下にどんどん良いものを所有するという、所得の上昇とニーズに上手くはまった売り方です。高付加価値化とニーズの多様化・高度化から、きものに色々な染めや刺繍の技法が施され、非常に手間暇かけて作られるので、結果的に商品としての値段も上がります。


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  こちらは総務省による「家計調査」という統計データから作成した、きものの世帯あたり年間支出数量と金額の推移グラフです。1985年からしかデータが揃えられなかったのですが、右肩下がりになっているのがわかります。左が支出数量で、一つの家庭がきものを年間で買う数が減っているということです。右が一つの家庭がどのくらいきものにお金を使うのかを示していて、1991年のバブル崩壊の年にピークを迎えています。バブル経済下ではきものを着る人は減り、日常生活からは離れていったかもしれませんが、業界としてはかなり良い時代だったのでしょう。

   この時期にきものの価格が上がっていったのですが、先ほど述べた高付加価値化だけではなく現在でも課題として認識されている、メーカー・卸業者・小売業者の流通段階での価格上昇も要因のひとつでした。生産数量が減少したことで、それぞれが儲けを確保するためには、どうしても一点あたりのマージン率が上がらざるを得なかったのだろうと考えられます。職人が一点一点手作りするような場合は特にそうですが、きものという製品は多品種・少量生産です。作り手の職人は、ほとんど家内工業のように小規模で仕事をされていて、基本的にメーカーから直接小売店や消費者に販売はしません。そういった事業者を上手く集約しながら製品を流通させていくので、多段階の流通工程になりがちです。

   またきもの業界には、メーカーや作り手側がブランドを作りにくい経緯があり、実際にブランドになるのはきものを販売する小売店でした。もちろんその理由として、小売店の提供しているサービスが素晴らしいからというのはあります。普段皆さんがファストファッションを買いに行ったら、気に入ったものを自分で選んで買って終わりですよね。しかしきものの場合は、どういうシーンで着るのか、既に持っている帯や小物とどう合わせたらいいのかなど、お店の方に相談しながら決めますし、自分の身体に合わせて仕立ててもらう必要があるので、小売店が担うべきサービスの比率がかなり高い製品なのです。そのためメーカーが「この定価で販売してください」と言うのは難しく、それぞれの小売店でサービス内容が違うので、同じメーカーの製品でもどこの店で買うかによって販売価格が大きく違っていました。

 

悪循環を生む商慣行

   さらに1960年代の作れば売れる時代にできた「委託販売」という独特の商慣行取引も、価格を上げた一因です。「富山の薬売り」をご存知でしょうか。江戸中期に富山で始まったとされる家庭薬の販売法で、薬の入った箱を顧客の家庭にそれぞれ置かせてもらいます。そしてお客様がその箱の薬を使ったら、次に訪問した時にその分の代金を貰い薬を補充していく。商品を先に預けておいて使った分だけ支払ってもらうわけですが、これと同じようなやり方が委託販売です。小売店が商品を買って仕入れるのではなく、借りて店に置かせてもらい、それが売れた時に代金を支払う。もちろん売れ残ってしまったものは買い取る必要はなく、返品されます。

この委託販売にはメリットもあって、小売店は代金を払わずに、在庫リスクの負担なくたくさんの商品を揃えることができます。また小売店に商品を供給するメーカーや卸業者にとっては、置いてもらえれば売れていく時代には、小売店に多様な商品の取り扱いを促進することで売れ筋以外の商品の販路が容易に拡大でき、売れ残り商品の「投げ売り」による値崩れも防ぐことができました。


 


   委託販売は極めて合理的なシステムですが、デメリットもあります。小売店は買い取りで仕入れたものならば、売れないと赤字になるので頑張って売りますが、借りてきたものだったら売れなくても返品すればいいので、一生懸命売らなくなってしまう。またメーカーや卸業者から色々な小売店に流通しているので、品揃えが被るかもしれないし、本当に売れるものを見極めて仕入れようという目利きも必要なくなるので、マーチャンダイジング(商品計画、品揃え計画)力も低下します。

   対してメーカーや卸業者にとっては、売れずに返品されて戻ってきた商品がだんだんと、不良在庫と言われる、いくら持っていても売れない在庫になってしまいます。小売店は買い取りしたものと借りたものがあれば前者を優先して売るので、ますます困ってしまうわけです。さらには小売業者が買い取りで仕入れればメーカーも「これが売れ筋なんだな」とわかるのですが、それが借りられたもので、半年後にやっと売れたものだとすると、何が売れ筋なのか把握しにくい状態に陥ります。

   この委託販売がどうして価格上昇に繋がるのかというと、今説明したように卸業者やメーカーにとっては返品リスクがかなり大きいので、そのリスク負担分も考えたうえで卸価格を付けないといけないからです。リスクが大きい分だけマージンも大きくならざるを得ず、それが最終的に消費者への小売価格に反映するケースも起こります。
   この商慣行はかねてから問題視されており、何とかしようという動きは色々なところでありました。例えば繊維メーカーの東レによる絹のような肌触りのポリエステル「シルック」の開発や、1980年代にブームが起きた化繊で安価な「ニューキモノ」など、もっと安くて使いやすい素材の開発や低価格きものの展開です。また前売り問屋では、最初に妥当で標準的な小売価格を設定し、そこから逆に商品を作ろうという運動を、小売店は価格を抑えたオリジナル商品の開発を試みたのですが、結局商慣行の改善は上手くいきませんでした。

消費者はきものが「分からない」

 

   私が研究をして最初に思ったのは、きもの市場は非常に悪循環な構造になってしまっている、ということです。生産数量が落ち、それを単価の上昇によってカバーしようとフォーマル化・高価格品に生産を集中した結果、きものは日常着ではなくなり晴れ着として、結婚式やセレモニーの場で着られるようになったのですが、そうするとさらに良くないことが起こります。普段着ないがために消費者のきものの知識やスキルがどんどん下がり、さらにはきものを着るのに何を買ったらいいのかもわからない状態になっていったのです。通常なら消費者の知識が低下してきものが益々売れなくなって大変だ、と改革がなされるはずが、実際にはそれによって益々高いきものが売れるようになっていく、という事態が起こってしまいました。

これは消費者の心理としてよくあることで、色々なことを熟考すべき大事な消費で、かつ消費者の知識が低い場合は、価格を品質の代理指標にしがちであることが知られています。
   例えば、彼女をイタリアンのお店に連れて行ってプロポーズをするという勝負の日だとします。彼女がワインを好きだというのはわかっていて、彼女が好きなワインをオーダーしたいけれど、自分にはワインの知識がない。ワインリストには3,000円、5,000円、8,000円の価格が並んでいる。このような時、人は自分に知識がないものに対して、おそらく価格の高い方が良いものなんだろうと考え、大事なシーンであればあるほど高いものを購入する傾向があります。おそらくバブル崩壊前のきもの市場でも、同じことが起こっていたのではないでしょうか。

   もちろんその背景には経済が上向きで所得が上昇していたことや、先に述べたように小売店が値付けをする構造のため定価がなかったことがあります。実際にこの時代に呉服の販売をしていた方に聞くと、30万円の帯が何回も売れ残るので値段を100万円に変えてみたらすぐ売れた、なんて噂があったそうです。しかしこの悪循環とも好循環とも言うべきビジネスモデルはバブルと共に崩壊しました。

   何年か前に経済産業省が一般の消費者を対象に行った「きものを着たいか」のアンケートでは、20代のかなりの方がきものを着たがっているという結果が出ています。

 

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   一方こちらは消費者の思う「きものを着用するにあたっての問題点」のグラフで、まず着付けができないというのは納得ですが、注目したいのは「価格がわかりにくい(販売価格、最終仕立上価格が表示されていない)」、「価格が高い」、「商品価値にあった価格設定になっているのかわからない」の3項目です。いずれも価格の問題で、着付けだけではなく価格に対する不安や不満が、きものを買って着ることのハードルになっているのだと判明しました。

   そして現在この結果も踏まえ、きものの流通のわかりにくさや非効率性を改善するための取り組みが経済産業省主体で始まり、2017年5月29日に「和装の持続的発展のための商慣行のあり方について」という17条の指針をまとめました。それに対し和装業界の各組合や組織が賛同し、全体で協力しながらサプライチェーン(流通工程)を変えていこうとしている段階です。こういった流れが浸透していけば、先に挙げた問題は様々な形で回収されていくだろうと期待をしています。