「いけばなときもの」出版によせて−1

華道家元池坊の次期家元 池坊専好氏と弊社会長 矢嶋が、日本の美意識について対談した書籍「いけばなときもの」(三賢社)が、5/19(金)に全国主要書店にて発売されます。出版によせて、著者のふたりが対談に至った背景や、暮らしを彩る植物の恩恵について、じっくりと語らいます。(2017年4月)
 
いけばなときもの5/19発売



矢嶋:今回、華道家元池坊さんが歴史に刻まれて555年を記念し、「いけばなときもの」という本をご一緒に出すことになりました。池坊さんはいけばなという立場、私はきものという立場で何回もお話をしてきましたが、ご自分のお話しされたことが本になってみて、いかがですか?

池坊:率直に嬉しいですね。今まで早稲田大学の「きもの学」という「きものの森」財団の寄付講座で、いけばなを通して見たきものや、共通する美意識について話をしてきました。私もきものが本当に好きなので、いろんな所できものを着て、いけばなだけでなく日本の伝統文化のサポーターでいたいという想いで活動してきましたが、なかなかそれを形にまとめることはなかったんですね。
講演では聴講された方にしかお伝えできませんが、本となることでその枠を越えて、これまで伝統文化に接点のなかった若い世代の方が手に取って下さったら嬉しいです。

矢嶋:本の中では触れていませんが、この本が出るきっかけのひとつは早稲田大学の「きもの学」で、池坊さんにはいけばなの実演を含めもう5年も学生たちに講義をしていただいています。
それからもうひとつは、昨年弊社の新入社員研修で池坊さんに講義をお願いしたことです。そこで私が前座で話をしまして。
その原稿を書いている時に、実はいけばなときものには思った以上に共通項があって、それはお茶や他の日本文化にも繋がる日本の美意識じゃないか、と気づいたところから始まったんです。これまでの流れの中で、必然的にこういう本が出来たのかなと。


池坊:そうですね、私も本当にそう思っていて。私自身も「きもの学」の講座を通して、自分なりのいけばな観やいけばなときものの共通性について、じっくりと練り、熟成させてきたという背景があります。

私と矢嶋さんはそれぞれ伝統文化を担う立場にいますが、今文化を愛してくれている既存の人たちだけに留まらず、伝統文化の魅力をまだ知らない人たちに発信したい、もっと何か伝えることはできないか、とお互いに考えていました。
その目指している方向性に共通する部分があったと思うんですよね。ですからそれぞれの想いや活動が相まってようやく一冊の本として、世に問うというと大げさですけれども(笑)、外に出せたのかなと思っております。

矢嶋:今回の対談では、きものといけばなに共通する美の世界を見ることができました。また、母が生前いけばなをやっていたこともあって、子どもの頃目にはしていたけれど、実際に自分ではいけたことはなかったんです。
だからいけばなに対して特別な知識がなかった分、非常に素直にそれを教えてもらえました。この本は入門書としてとてもわかりやすいのではないでしょうか。


池坊専好氏





 

池坊:どちらも型があるじゃないですか。いけばなは「七五三」で床の間に置く、という昔からの型、きものは衿を合わせて帯を締めて着るという型。ですが昨年やまとさんの新入社員研修に行って、社員の方々が自由にきものを着ていることに驚きました。
例えば帯締めをベルトにしてみるとか。皆さんが型を守りつつもいろんなアイディア・創意工夫を凝らして、伝統的な世界に新しい自分の感性や時代の息吹を吹き込んでいらっしゃったんです。そういう部分もいけばなと凄く似ているなと思って。

いけばな池坊も555年続いてきたのは、単なる伝統で昔のほうが良かった、ということではなく、その時代を生きる人々に支持された「現代文化」だったからだと思うんです。その当時の人が見て「カッコいい」とか「これいいね」とか。
伝統文化は長い歴史があるからこそ、今とても豊かに羽ばたける可能性があるんだなと感じて。その魅力もお伝えしたかったんですよね。この本の中にそういう気配を少しでも感じ取っていただけたらいいなと思います。

矢嶋:タイミング的にも良かったと思うんですよ。きものも、戦争が終わり、1959年の皇太子ご成婚をきっかけに訪れた婚礼きものブームと、1970年前後の団塊世代の成人式に合わせた振袖ブームによってきものが極端にフォーマル化されていた時代から、この15~20年、特に2000年代に入ってから随分変わってきて。手軽に着られる、もっと自由なカジュアルきものがどんどん出てきました。
そういう流れがあったから、伝統文化の可能性について話ができるようになった。

ちょうど先日華道家元 池坊のホームページを見ていて驚いたのですが、「IKENOBOYS」の大デビューがありましたよね。
それも時代にぴったり合っていたんじゃないかなと。本にも書いてありますが、女性が良妻賢母教育の一環でお花を教わるようになったのは明治12年からで、それまではほとんど男性だった。
それを知らない人もたくさんいる。そして、いけばなは女性のもの、と考えられたのが戦後から現在までです。それが100年以上経った今、再びIKENOBOYSが出てきたわけですよね。


IKENOBOYS

IKENOBOYS

 

池坊:そうなんです。映画「花戦さ」でもお坊さんや町衆が花をいけるシーンがたくさん出てきますけれど、そこでいけているのはやはりほとんどが男性で。もちろんその時代と今とでは社会環境は違いますが、私は逆にビジネスマンや男性にこそ、花をいけて心をリラックスさせたり、いけばなから取捨選択を学んだり、そういうゆとりや教養が必要だと思うんですね。

でも今の時代、とっつきやすくて手軽じゃないとなかなか敷居が高いと思われます。限られた時間の中でいかに自分たちのものにできるかが求められているので、いけばな本来の姿をわかりやすく、カジュアルな形で提示したのがIKENOBOYSなんです。宗匠や年配の立派な先生もたくさんおられます。
IKENOBOYSはその方々と比べると経験は浅いかもしれないですが、20代30代の若い感性で見た彼らなりの伝統文化やいけばな像がある。いけばなは止まってじっとしているだけではなく、ライブに活かしたり音楽に合わせていけたり、そういうこともできるんだ、といういけばなのまた違った魅力を、彼らならではのパフォーマンス性を持って伝えてくれるのを期待しているんです。

この頃はデモンストレーションをするというと、「IKENOBOYSは出ないんですか、見てみたかった」というお声も挙がるくらいで(笑)。少しずつでも浸透していってくれているのかなと。

矢嶋:若いイケメン集団なのに、皆さん華道歴が長いですよね。19年されている方もいらっしゃる。

池坊:そうなんですよ。小さい頃からやっている方たちで。いけばなの先生もいますが、本職は学芸員や大学生、フォトグラファーの方もいます。いろんな仕事をしつつ、伝統文化の中で生き、それを楽しんで自分のプラスにしている人たちなんです。こういう伝統文化との関わり方もあるんだな、こういう生き方もあるんだな、と皆さんが思ってくださったら嬉しいです。

矢嶋:IKENOBOYSはどなたが命名したのですか?天才的なネーミングだと思います。

池坊:ありがとうございます、実はうちの母が(笑)。若手の男性のグループをつくろうとした時に、あんまり難しい名前だと皆さん覚えられないな、と。
じゃあせっかく池坊(IKENOBO) なんだからそのままYSをつけて「IKENOBOYS」にしたら、誰が聞いても忘れないしすぐ覚えていただける、シンプルが故に古びないんじゃないか、ということでこの名前になりました。「IKENOBOYSはどこからつけたんですか」ってよく聞かれます(笑)。(2へつづく)