「きもの文化と日本」



テレビ・新聞でおなじみの、日本を代表する経済学者である伊藤元重先生(学習院大学国際社会科学部教授)と、弊社会長、矢嶋孝敏との対談「きもの文化と日本」(日本経済新聞出版社)が12月12日に全国主要書店にて発売されます。[日経プレミア新書 870円(税別)]その販売を記念して「きものは難しくない、きものは高くない、きものはもっと自由に着てよい」など、気鋭の経済学者と創業100周年をむかえるきもの経営者が語ります。


きものと文化と日本


矢嶋:書籍製作にあたり10時間以上伊藤先生と対談させていただきましたが、当初のテーマである「きものの経済学」から「きもの文化と日本」まで話が拡がっていきました。本日はこれまでの対談を通して、伊藤先生が「きもの」並びに「きもの文化」についてどう感じたか、を伺いたいと思います。  始めに、対談で最も「意外だ」と思ったことは何ですか。

伊藤:この本の大きなキーワードは「ファッション」だと思います。ファッションとはカタカナですが、きものは平仮名。そこに絶妙な違いがあり、ファッションという切り口で捉えるときものの歴史や今の動きが分かる、というのが意外に感じました。また当たり前かもしれませんが、ファッションで常に時代を変えていくのは若い人達であり、その上の世代は出来上がった価値観の中に籠ってしまう傾向がありますよね。文化とはその周辺から生まれ真ん中に入っていくものですが、それらを非常に考えさせられました。実は先日この本のゲラを娘に見せたのですが、決してもう若者とは言えない歳の娘でも(笑)、反応が私共と違ったんですよ。

矢嶋:とても気になりますね、どういう反応だったんですか。

伊藤:今年やまとさんでゆかたを買ったらしいんですが、本文中のレースのきものの写真を見て、ぱっとすぐに「あっ、これあのレースのきものでしょ」と分かるんですよね。娘は気づくのに、当の私はこれだったかな~、という程度で。若い人の方が過去に縛られない純粋な感性でモノを見ていることに気付くのと同時に、自分も歳をとったなと。

矢嶋:今聞いていて、はっとしました。ファッションは日本語に訳すことが出来ませんが、私が目指してきた「ファッション化・カジュアル化・アパレル化」、この3つはどれをとっても日本語に訳すことが出来ない。日本語で語れない言葉できものの改革をしなければならなかったのだ、と。

伊藤:日本でつくられていても、外とのバランスで創造されたものがたくさんありますよね。例えば天ぷらがポルトガルから来たとか、陶磁器が韓国に影響されているとか、日本にないものが外から伝えられ、日本の中で独自に創造されている。外と内とがぶつかった時が面白いのかもしれません。

矢嶋:ちょうど今、華道池坊次期家元である池坊専好さんと「日本の美意識」というテーマで話をしているのですが、そこでも同じような話になりました。いけばなは元々仏前供花として中国から伝えられましたが、中国では継承されていません。お茶も同じで、茶道は日本にしかない。呉服というと呉の服ですから三国志に始まったものですが、やはり中国にはない。それは何故だろうと話した時、早稲田大学の校歌に「東西古今の文化の潮(うしお) 一つに渦巻く大島国の~」とありますが、ジャワ島やインドネシアから久米島絣や大島紬に見られる絣が入ってきたように、大陸から様々な半島を通って日本という終着駅の島国に辿り着く。元々無かったものがそこに残って文化となる、とても特異な現象だという結論に至りました。

伊藤:きものがそうであるように、育てていくという視点が一部の宮廷等の上流階級だけではなく、日本の庶民にある力だと思います。大衆的な社会的背景も影響しているでしょうね。

矢嶋:江戸時代はとても特別な時代だったと思います。偶然でしょうが、鎖国をしたがために純粋培養された。江戸時代に形成された日本の町人文化は世界でも類を見ないほど高いレベルで、その時代、町人の実に半数以上が文字を読めたそうです。これらも独特の文化を産むことに通じているんだと思います。

伊藤:文化や社会は集積のようなもの、日本は狭い島国に人々が住み、町が形成されたことが非常に大きいのかもしれません。

矢嶋:量が質に変化する、という考え方がありますよね。ある量に至らないと質が生まれない。特に江戸の場合は、それが顕著なように思うんですが・・・。

伊藤:戦国時代に鉄砲が種子島に伝来して、その後100年も経たない関ヶ原の戦いで世界中の鉄砲の2割が日本で使用されていた、ということからも、日本の持つ集団の力を強く感じます。今回の対談で興味深かったのが、友禅が誕生してぱっと拡がっていった様は今の日本にも感じることで、良く言えば「商品文化の強さ」、悪く言えば「同じモノに皆が飛びつく」という特性が、きものがつくられたことにも重要な役割を果たしてきたんじゃないかなと。

矢嶋:雛形本があって、それによって江戸時代にファッションが全国津々浦々に拡がっていったのは面白いですね。

伊藤:恐らく階級社会ではなかったことも影響しているのかなと。ヨーロッパは階級でそれぞれ衣食住が違いますが、日本では大名はいても、その人々が文化の中心ではなかった。

矢嶋:ヨーロッパのような住む世界が全く違う、という階級はなかったでしょうね。階層に止まっていて。江戸時代の士農工商も、武士だけが特別に偉かったわけではないし、その中で自由な交流があったことが大きいんじゃないでしょうか。

伊藤:経済の世界でよく出る話で、貧しい社会では食べ物をつくるのに精一杯のエネルギーを使ってしまう。逆に農業の生産性が高いと、その分のエネルギーを別の労働力に注いでいける。日本は豊かではなかったけれど、食べ物をつくるのに必死でなかった分、新しい文化が出てきたわけです。

矢嶋:応仁の乱後は大乱がなくなり、関ケ原も含めてヨーロッパのように戦争で何百万人が死んだりペストが流行することもなく、江戸時代に豊かに人口が増えて平和になったことで、生産性が飛躍的に上がった。戦争による消費ではなく、戦争がないことによる消費を300年にわたり享受できたという意味で、日本はとても幸運な国だと思います。
 昨日桐生で講演したのですが、地元の高校生が何人か来ていて、そのうちの一人は織物の仕事に携わりたいと言ってくれました。ほとんどの聴講者が年配の方の中で、その高校生たちが物凄く熱心に聴いて必死にノートを取っていて。とても嬉しかったし、その高校生にとってきものは非常に興味のあるものだったんでしょうね。成熟した年代が見過ごしてきた「きもの」という文化に若者が改めて着目している、というのはとても嬉しいことです。戦後70年の中で、きもののピークから40年、明らかに世代が変わってきたと思います。

伊藤:バブル崩壊からの20年間で、日本人が色々なことを考え始めた。きものも変化の時代を迎えているのかなとは思いますね。



矢嶋:次に、先生が対談で「やっぱりそうなのか」と思ったことはありましたか。

伊藤:ひとえにきものと言っても、作り手がいて、卸す人がいて、消費者がいる。聞けば聞くほど合理性が潜んでいて、逆に合理性と相反するものも残っている。下地ができれば歪みが出てくる点では、きものも決して特殊な商品ではなく、合理性の中で様々なことが決まってきているのを感じました。

矢嶋:ある時代に理にかないすぎていたために、その法則が時代の変化に関わらず残っていくのはどの社会でもありますが、それがきものの場合には特に残ったんです。アパレルをはじめとしたきもの以外の消費財は、オイルショックとバブル崩壊という2回の波を受けモノづくりの体制を見直すことになり、それまでの合理性を一度否定して新しい合理性を作っていった。ところがきものはそれまでの合理性があまりにも上手くいったために、いわゆる1977年型モデルがずっと残っていったわけですが、今ではとても非合理だとつくづく感じています。

   伊藤元重先生

伊藤:映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で、少し過去を間違えてしまうと全く違う世界に来てしまうシーンがありましたが、一度出来上がったものは次第に硬直化し自己完結的に動いていって、それが10年20年経つと社会に合っていないとか、新しい時代での合理性を持っていない面が出てくることもある。きものには、外からの環境の変化に対応できなかった様々な理由があったんでしょうか。


矢嶋:ひとつは、若者がゆかたを除いてきものを着なかったことでしょう。洋服の革新は常に若者から発信されていましたが、若者の意見は通らず年配者の言う昔のしきたりやルールだけが残るから、若者は更に遠ざかっていく。元々若者が入ってこない業界だったから、業界そのものが孤立して老いていった。古い年代の方々が力を失っていく中で、最近になってやっと新しい勢力が台頭してきました。


伊藤:やはり世代交代は必要だと。


矢嶋:ある意味、強制退去を進めていかなければならない。全国で「つくりべの会」を組織していますが、3年前に私を含め60歳以上の方は全員顧問に昇格していただき、中心的なリーダーは40代半ばの方々に移行したことで議論の中身が大きく変わりました。60代がリーダーの時は単なる親睦会でしかなく、心底には過去の共通認識があっても未来への問題意識が持てなかった。65歳の人にとって20年後はイメージできませんが、45歳の人にとって20年後はとても意識できるものです。


伊藤:全然違う話ですが20年以上前にミラノに行き、現地のアパレルの話を聞いて面白かったのは、ミラノも4~50年前はフランスのファッションの下請けで、そこから自分たちのイタリアファッションを育てなきゃいけない、と今のファッションをつくっていったことです。アルマーニもそうですね。そこで注視すべきは、自分たちで変えていくんだ、という未来志向の中で、色んな人が関わっていったことだと思うんです。きものの場合も、デザイナーや作り手、売り手、消費者と、色んな人が関わって入ってくのが重要なのかなと。残念ながらそれは、既存の秩序の中である程度の地位を到達してないとなかなか出来ませんが。


矢嶋:イタリアは第二次大戦で日本とドイツと共に戦い敗れた国ですが、日本やドイツとは全く違う受け止め方をした。ドイツは東西に分かれて、日本も一歩間違えればという寸前のところで留まって。ドイツも日本も連合国による敗戦国統治が強く行われていたけれど、イタリアはあまりそういう匂いがしないんですよ。イタリアのファッションは連綿と続いているようで、実は敗戦国としてオールヨーロッパの下請け縫製工場だった。それが変わっていったのは大きい。そういう意味では、30年ぐらいのスパンがあれば一つの国の文化が変えられるんじゃないでしょうか。


伊藤:文化というと大きくなるし、ファッションというと特定のイメージがありますが、その中間で非常に大きなパワーみたいなものを感じますよね。狭い意味での合理性の中でモノは作って消費される、という世界を超えたある種のパワーみたいなものが、きっと色んなところにある。それが一番純粋に現れるのがファッションなんでしょう。広くは食文化から始まる生活様式の持つ力が重要で、きものがこれから更に拡がっていくかどうかの大きなポイントは、広い意味で文化、狭い意味でファッション、そして表現はしにくいけれどその中間にあるものを皆が共有できるかどうか、だと思います。


矢嶋:ライフスタイルですね。シニアが元々食べている和食が見直されているのも、若者が和食に立ち戻ったから。若ければいいってわけじゃないけれど、次の世代、次の10年、20年、30年に対してごく普通に関心を持てる、ごく自然に責任を持っていける、という意味で、若者が次の時代をつくっていくんだろうなと。


伊藤:食で面白いなと思ったのは、我々が子どもの頃はご飯に味噌汁に海苔が当たり前でしたよね。ハンバーガーやピザが出ると凄く新鮮な感じがして、一生懸命とびついたり(笑)。でも現代の子どもにとっては、ハンバーガーやピザも当たり前なんですよね。逆に足元を見直してみると、意外と和食で良いものがたくさんあるのに気付く。今後も外のものと中のものとのインターラクションが続くと思います。


矢嶋:見直すという流れはありますね。例えばアメリカイズムというと極端ですが、欧米のものがカッコいいとか、実はアメリカのスタンダードをグローバルと言い換える、とかそういうのが私たちの年代でした。しかしそういう文明的な流れは一方向ではいかなくなってきていて、先のアメリカ大統領選挙もそうですが、アメリカ自身がアメリカンスタンダードのコストを負担することにNOと言い始めている。日本もアメリカを兄貴として見るのは完全に終わって、日本は日本なんだという傾向に非常に緩く戻りつつある気がします。その中できものは和食と同じように、一つのポジションを得始めているんじゃないかな。


伊藤:皆がそれをしっかり意識するようになれば、変わってくると思いますね。

  会長の矢島孝俊

矢嶋:先生と最初に出会った頃 私は子ども服の会社をやっていて、それから何年かしてやまとを継いで28年が経つけれど、この頃つくづく思うことは、きものという仕事に携わっていて本当に良かったなと。きものを通して日本の各産地に行き、そこで働く人たちと会うことで、土地や風土、そして何よりその地に生きている人たちのそれぞれの違いを感じられる。明日も黄八丈の産地である八丈島に初めて行くんですが、その土地には固有の暮らしがあって、それが黄八丈を必然的に生んでいった。私がもしきものの世界に身を置いていなければ、そ れらを知ることも、行くことも、感じることも、考えることもなかったと思います。

伊藤:洋服の世界は標準化、つまり皆が同じようなものを嗜好しますよね。もちろんファッションとして差異は作るわけですが、今仰ったようにきものの世界を突き詰めていくと、八丈島も奄美も十日町も各々の特徴があって、そういうローカリティがあるというのは非常に重要かもしれません。


矢嶋:洋服は世界的でグローバルスタンダードだから、常に60億人が対象になる。だから最後はTシャツやジーパンになっていくけれど、それは何処の国がつくってもいいし何処の国の人が着てもいい。中国のコストが上がればバングラディッシュになるかもしれない。そういう意味では典型的な文明であって、全部代替が可能なわけです。ところがきものの場合は代替がきかない。
  先日経済産業省の和装振興協議会で、きもののトレーサビリティについて大議論になったんですよ。日本のきものは中国製ばかりだという意見が出たから、それは誤解だと。10年前はそういう傾向もあったけれど、中国はきものからとっくに撤退している。中国にとってきものを作ることは何も儲からないし、繊維業界全般に同じことが言えます。私が30年前、最初に子ども服のオリジナル製品を作ったのは台湾と韓国でした。その次がタイ、そして日中国交回復の後に中国へと拡げたけれども、今となっては韓国や台湾で繊維産業はない。
  そうはいっても洋服は60億人が着るわけだから、何処かの国がつくる。一方きものは日本人しか着ないから、日本がつくるしかない。だからこそ、非常に可能性を秘めていると思っています。


伊藤:日本語は日本人しか喋らないから、日本から色んな文学作品が出てくるわけですもんね。

矢嶋:文明やグローバルな方面ばかりに目がいってしまいますが、実はそうではない部分が一番大事なんです。

伊藤:ともあれこのように論じることができるのは、洋服があるからこそで。

矢嶋:その通り。和服という言葉が生まれたのも、洋服という言葉が生まれたからです。

伊藤:グローバル化は均一化と誤解されてしまうんですが、昔の孔子の有名な言葉に「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」という諺があって、同じになるような人は小人で、立派な人にはそれぞれ違いがあり、その中である種のハーモニーが生まれると。そう考えると日本の文化やきもの文化は、グローバル社会だからこそ価値があり、そこに文化が生まれてくるんじゃないでしょうか。江戸時代ではきものは非常に身近で、日常の道具のような位置づけだったのが、現代の洋服文化が確立し和装が衰退したことで、きものの持っている文化性を真剣に考えさせられる面もあるかと思います。


矢嶋:便利であることは大事ですが、それは結果です。それだけに囚われると便利に流されてしまうものです。例えば現代の若い方は、大学を卒業して就職をして、気付いたら帰ってコンビニのお弁当やファストフードばかり食べて過ごしている。そうなった時にどこかで、体だけでなく心も「まずいな」と感じるはずです。


伊藤:その時に飛びつけるものがあるのは大事ですよね。

矢嶋:またきものと同時に、お茶やお華に対しての緩やかな見直しが起こると思っていて、私の母親の世代はお茶とお華を半強制的に習わされていましたが、現在はその風習がなくなった。そのため全体人口は減ってしまったけれど、「やらされる」のではなく「やりたいから習う」という流れに変わり、大学でも茶道や華道の教室が増えてきています。


伊藤:「便利さとは結果」、は面白いですね。結果として時間が節約できたり、誰もが同じようにできたりする。一方お茶やお華はプロセスを楽しむものなので、文明ではなく文化の位置付けになる。人間が真に価値を見出すのは、何を所有するかではなくどうやってそれを創り上げるか、その過程が求められていて、そこに文化的な感覚が宿りやすいのではないでしょうか。出来上がった絵を見ることも大事ですが、絵を描くプロセスを楽しめる方は、違う次元の楽しみ方ができると思います。きものにおいても様々な歴史や技法を学ぶことで、ただ単に道具としてきものを着る以上のことを感じられるんだろうなと。


矢嶋:洋服でもハリスツィードが100周年を迎えたとか、ホームスパンの歴史を研究している人はいると思いますが、きものの場合もっと身近に素晴らしい歴史がある。しかもそれは誰かがつくったのではなく、我々一般市民が護りつくってきたもので、とても集団性があると思います。例えば宮古島でつくられる宮古上布は、日本でも数少ない糸からつくられている織物です。糸をつくっているのは80歳を過ぎて織りの絣合わせができなくなった人たちで、手を動かす作業なので老化防止にもなる。8~90歳の方が糸をつくり、6~70歳の方々はその糸できものを織るわけです。それを見ていた若い方たちが助けに入ってくることで、自然と社会的なコミュニティーが出来上がっています。
   もし昨日の桐生の高校生たちの何人かが、都会に行かず桐生で仕事をすることになったら、現代社会の異常とも言える「東京集中」を見直すひとつのきっかけになるかもしれません。

伊藤:話は全く変わりますが、どういう人が長生きをするかについて、「人に対して良い行いをすると末端血流が活性化する」という医学的な研究結果が出ているそうです。美味しいものを食べる等、自身が良さを味わった経験ではダメなんだそうで。拡大解釈すれば、人間のDNAには社会性を高めるための機能が備わっていると。人のために良いことをすると気持ちが良いとか、それがまさに他人との繋がりですよね。だから東京のような大都市かつ分業社会では難しい。地方であれば否応なしに特定の人と顔を合わせる機会があります。そこで重要なのは、ただそこにいればコミュニケーションが生まれるのではなく共同で何かを行う、ということで、モノづくりも当てはまると思います。

矢嶋:東京にいる必然性は、会社もしくは仕事という経済的な繋がりしかないですよね。

伊藤:経済の世界では、それを分業と言います。東京ならば、新宿や池袋は商業地域、丸の内はオフィス街、川崎はたくさんの工場があり、人々は郊外に住む。確かに効率的かもしれないですが、様々な問題もあります。しかし東京でも六本木ヒルズは、食住遊学が混在していますよね。そこに住んでる人もいれば、ちょっと洒落たレストランも、仕事場もあって、便利になっていくことで六本木ヒルズなりの文化が生まれてくるわけです。機能ごとの分業ではなく、ヒューマンとしての多面的な働く世界、教育の世界、文化の世界、食事の世界が出来上がっていく。地方であれば否応なしにそれができますが、都市でも今後、そういった文化的なものの積み上げが出てくると思います。

矢嶋 文明という効率を突き詰めていけば、とめどない分業になるわけです。自分の得意なパートだけをやればいい。しかし効率は良くとも、全体像が見えないんですよね。対して文化は、非効率だけれども常に全体を見ながら生活していく。

伊藤:結果的にはシナジーみたいなもので、そこから生み出されてくると思うんですけどね。文明とは関係ないんですが少し前までよく言われていた話で、日本人のライフスタイルを考えると、人生の中で子どもは勉強しすぎ、大人は働きすぎ、歳をとるとそういうことが無さすぎる、って(笑)。本当はもう少し子どもは社会と接点を持った方がいいし、大人はもうちょっと勉強した方がいい。歳をとってもね。昔は合理性の中で「子どもの時は学校で勉強するんだよ」という風潮でしたが、今は少し違ってきたのかなと。それは文化だけではなく色んな面で問題になっています。

矢嶋:いろんな成熟が起こってきたわけですね。今日たまたま韓国は日本でいう大学入試のセンター試験の日で、会場に向かう学生が遅刻しないよう政府や多くの大企業が始業時間を1時間遅らせたり、試験に遅れそうな学生を白バイの警官が大学に送り届ける、なんてニュースをやっていました。

伊藤:それもある意味文化ですね(笑)。韓国は厳しい学歴社会で、大学入試が「人生を決める」とされていますから。

矢嶋:そこまで激しくはなかったけれど、我々が受験した時代はそういう雰囲気がありましたね。今は推薦入学が何割もあって、それはそれでいいのかなと。文明は必然的に効率的な画一性を求めていくわけで、それに対し文化は面倒な多様性を求めていく。

伊藤:経済学でも合理性をもう少し考え直す必要がある、という話が出始めていて。例えば少し難しい話ですが、学生を2人ずつペアにして、1万円を私が渡す。片方の学生はいわゆるプロポーザーで、もう一方はレスポンダントという設定で実験をします。ルールは、プロポーザーが1万円のうち自分がいくら取って相手にいくら取らせるか、をプロポーズするんです。レスポンダントは嫌だったら拒否できて、そうしたら1万円は私に戻ってくる。受諾したらプロポーザーが言った通りにもらえるんですね。そう考えると、プロポーザーは9999円自分が取ってあなたに1円あげる、とプロポーズするのが合理的なんですよ。何故なら相手は拒否すれば1銭も入らないけど、自分はほぼ1万円もらえる可能性があるから。でも実際に実験してみると、プロポーザーが自分は6取ってあなたに4渡すと言っても、レスポンダントは拒否する。逆にプロポーザーもよくわかってるから、5:5で自分もあなたも半分取る、とかする。人間ならそういう営みの中にフェアネスとか、あるいは社会的な価値観が明らかにあって、そこをしっかり見ておかないといけないのかなと。
   きものも食べ物も、確かに合理性の中でコスト計算等をやっていると思います。しかしそれだけでは受け入れられない、というのは社会の重要なポイントで、経済学者も最近、狭い意味での合理性だけではなく、人間の持っているフェアネスやその他色々な本性といったものが重要だ、と議論になっています。

矢嶋:なるほどね。ではもう一つ、先ほど私はきものをやってきて良かったという話をしましたが、先生がずっと経済学をやっていて良かったと思うのはどんな時ですか。

伊藤:色々面白いんですけど、色んな現場を見られることは非常に大きかったですね。単に現地へ行って機械やお店を見るとか以上に、そこで働いている人の話を聞けるわけです。特に私は国際経済で多くの国に行くので、アメリカの議会で議員と話すこともあれば、中国の工場で従業員と話すことも、オーストラリアの牧場で羊の肉を食べながら牧場主と話すこともある。経済はやはり人の営みですから、そこに触れられるのは非常に良かったし、職業の選択として面白かったなと思いますね。

矢嶋:やはり「人」ですね。最後の質問ですが、「文化と経済」というテーマでコメントしてもらえますか。

伊藤:これが一番難しいですね(笑)。先ほどから違った形で何度も申し上げているように、経済の根幹を理解するためには、合理性やメカニカルな部分は当然理解しなきゃいけないんですが、真に経済の大きな流れをつくっているのは文化や人間であることを、我々は常に理解しておかなければいけないなと。よく経営学者が経済学者の悪口を言ったり、いつも色んな計算をして非常に悲観的になるんですが、例えばお祭りに行くと皆が盛り上がっていて、合理性とは違うエネルギーがありますよね。経済学者が企業経営を考える時には、合理性だけではなくそういうお祭りが持っている力も重要です。先ほど東京が分業型の都市から、新宿は新宿、六本木は六本木というある種のまとまりで一つの文化を含みながら流れを持っていくのが重要だと申し上げたわけですが、それを理解するには狭い意味での経済の合理性や効率だけではなく、文化とか人間のフェアネスとか情熱とか、そういうものをきちんと見つめなければいけません。

矢嶋:「文明と経済」とは違い、今までは「文化と経済」というテーマそのものがあまり語られなかったかもしれないですね。「文化と経済」を考えることがごく普通になってきたこと自体が、良いタイミングになってきたのかなと。

伊藤:社会の成熟性みたいな部分もあるんでしょうね。

矢嶋:そうかもしれません。では最後に、何か対談について感想でも。

伊藤:話自体も非常に楽しかったですし、対談をする中で、矢嶋さんに色んな写真や資料を見せてもらったのが良かったですね。

矢嶋:私も先生に沢山感謝をしています。ひとつは改めて今回自分で勉強したことです。自分が持っているきものの考察に関してしっかり背景確認をしたし、非常に多くの文献にもあたった。人にちゃんと話す、というのは自分にとって色んな学習の出発点だなと思ったし、いい勉強になりました。

伊藤:そういえば2、3週間くらい前、TSUTAYAの増田社長と会った時にこの対談本の話になって。彼は今度銀座に文化を中心とした大きな本屋をつくろうとしていて、きもののコーナーをつくりたいから是非矢嶋さんにお願いしておいてくれって(笑)。彼のオフィスで雛形映像を見ただけなので今度現場を見に行きますが、対談で資料として見せてもらった昔の魅力的な本を並べたら、本好きの人が見てくれるんじゃないですかね。

矢嶋:三越日本橋本店には、きものの本だけのコーナーがあるんですよ。もう5年くらい前からかな。そこは僕も時々行くんですが、きもの売り場の中に4坪くらいのコーナーがあるんです。

伊藤:へえ、そうなんですか!私はよくそこの甘味喫茶で、家内の買い物を待ってるんですよ(笑)。今度覗いてみようかな。

矢嶋:是非行ってみてください。今日はありがとうございました。